もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第497回 もとまち寄席 恋雅亭・新春初席公演
 
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 公演日時: 令和2年1月10日(金)      午後6時30分開演
   出演者     演目
  桂   春 蝶  「年頭ご挨拶」
  笑福亭 呂 好  「へっつい盗人」
  桂   紅 雀  「つる」
  桂   文 鹿  「さわやか航空656便」
  桂   塩 鯛  「池田の猪買い」
    中入
  桂   春 雨  「にゅう」
  桂   文 珍  「包丁」(主任)
 
   打ち出し 21時15分 
   三味線  勝 正子。
   鳴り物  桂 米 輝。
   お手伝  桂 三ノ助、桂 雨鹿。
 令和2年も穏やかな正月。当日も若干緩まった感のある令和2年1月10日の金曜日に第497回新春初席公演として開催させて頂きました。当日は、本通りの人波も多く、多くの通行人が当席の提灯に目をやられる中、熱心な多くのお客様に開場まで並んで頂きました。
 前売り券も好調に推移し大入りの予感。
チラシも、「新開地喜楽館」、「よせぴー」や本日の出演者の持込などを中心に多数届き、多くの出演者や、関係者にも手伝って頂き、いつも通り、いつも以上に手際よくこなして、定刻の5時半に開場となりました。チラシも益々立派になり、パンフに挟むと分厚くてズッシリ感。いつもながら永らく並んで頂いたお客様が、一番太鼓に迎えられ、思い思いの椅子に着席されました。その後も、途切れることなくご来場されるお客様で、客席はほぼ埋まり、定刻の6時半の開演。大入満席公演となりました。

 新春初席公演のトップは、当席・世話人の桂春蝶師匠が「新年のご挨拶」として、初席らしい『十二月』の出囃子で高座へ。客席はちょっとびっくりされたような雰囲気から、大きな拍手へ変化。
もとまち寄席・恋雅亭の歴史から本題の「本年4月公演をもって終了することとなりました。」と、紹介し、湿りがちなムードを笑いに変えて呂好師にバトンタッチとなりました。

 実質トップバッターは、笑福亭呂鶴一門から笑福亭呂好師。平成20年入門のキャリア11年。嬉しい初出演。呂鶴師匠の厳しい躾と本人の真面目な性格での高座や楽屋ではⒶ評価。
 雰囲気が暗くなる処ですが、極々自然にタイで捕まった麻薬の売人組織の逸話で見事にいつもの恋雅亭のムードに。流石。
 この流れに乗って始まった本題は、「ちょっとした悪の道に落ちる二人の男」と紹介しての『へっつい盗人』の一席。発端からサゲまで、師匠の口伝に2ケ所ほど、ご自身の工夫を混ぜての15分の秀作でありました。
 下りてこられた呂好師、「うちの師匠の教え方はキッチリしてはりますねん。普通は、一つの噺を3回か4回に分けて付けて(口伝)くれはりますねんけど、うち(呂鶴師匠)は1分刻みですねん。時間掛かりますけど腹に入ります。私は覚えの悪いほうですので、いつも師匠はイライラされてました。」とのコメントを頂きました。その呂鶴師匠、入門時は、六代目松鶴師匠の全盛期。ほぼ、同期の福笑・鶴三(先代松喬)・松枝の師匠と並んで猛烈な稽古で仕込まれたとお伺いしました。

 二つ目は、桂枝雀一門の末弟・桂紅雀師匠。平成8年入門のキャリア23年で、二つ目として登場願います。なんとも勿体ない出番組。楽屋入りされてもニコニコムードの師匠。そのムードそのままに高座へ。ツカミは、旬の「今日は恋雅亭ですので、無事に到着せなあかんので、頑丈な黒い鞄に入れてもろて嫁に送ってもらいました。自家用ジェットじゃなくJRで」。客席の反応は最高潮。
ツカミも決まって、携帯電話の話題。ガラ携からスマホに変えた。機能を使いこなせない。とのマクラは大受け。そのまま、始まった本題は『つる』の一席。
枝雀師匠をはじめ多くの師匠連が演じられているお馴染みの噺。ストーリーは極々単純で、クスグリも多く、受ける噺ですが、展開がお客様にも判り易く、力量がないと受けない難しい噺とも言えます。その噺を師匠の教えと口跡の良さで前半から中盤までは力まず、サゲ前から一気に盛り上げられ大爆笑を誘った紅雀師匠の名演でありました。

 三つ目は、桂文福一門の筆頭弟子で平成6年入門の桂文鹿師匠。創作落語を中心に師匠譲りのいかにも上方らしい、派手で陽気で賑やかな高座で大活躍中の師匠。同期の平成6年入門組には、かい枝・菊丸・吉弥・三若・春蝶・福矢・米紫・師匠(残念ながら三金師匠は昨年お亡くなりになられました)ら実力者揃いです。
 楽屋で、文珍師匠と二人で話をされ、「文珍師匠、存在感と威圧感ありますねん。好きな飛行機の話題で盛り上げりますねん。けど、緊張しますわ。」
『キューピー』の出囃子に乗って登場し、「創作落語はインドで作ってまんねん。行くために格安航空探してね。」と、格安航空会社の話題で大いに笑いをとって始まったのは自作の『さわやか航空656便』。発端からサゲまで、「そんなあほな!」「なるほど!」「あるある!」と、客席大満足。春蝶師匠曰く、「あんな発表したから、前の二席はちょっと笑いが少ないか判らないかもしれんけど、文鹿が取り返してくれるわ」。トリの文珍師匠も「良うなったよ。ええ味出してる。」との言葉通り、全編、大受の文鹿師匠でありました。

 中トリは、上方落語界の重鎮・桂塩鯛師匠にお願い致しました。いつもはトリを努めて頂いている師匠ですが、初席の今回は中トリで締めて頂きます。『鯛や鯛』の芸名にちなんだ出囃子でユッタリ高座へ。「えー、今度は普通の落語を聞いて頂きます。」との一言で、客席は一気に『塩鯛ワールド』へ。マクラは京都の人の着物へのこだわり。落語会で季節に合わない着物を着ていると、聞こえるように、「単衣着てはるわ」。化繊でも着ようものなら、「化繊着てはるわ」。「私も長いことやってますから、化繊、一着だけ、ええのです。これを、****と言います」。これには客席は大爆笑。「これを言いたくて今日は。満足です」と、始まった本題は、お馴染みの『池田の猪買い』の一席。この噺、上方落語では「北の旅」とされています。大阪から池田までは当時、大阪からは「表へ出ると、これが丼池(どぶいけ)筋じゃ。これをド~ンと北へ突き当たる。丼池の北浜には橋が無い。左へ少こし行くと淀屋橋という橋がある。淀屋橋、大江橋、蜆橋と橋を三つ渡る。お初天神の西門のところに「紅う」という寿司屋がある。この寿司屋の看板が目印。ここからズ~ッと北へ一本道。十三の渡し、三国の渡しと渡しを二つ越える。服部の天神さんを横手に見て、岡町から池田。」今では阪急電車で20分ですが当時は旅でした。
 この噺、最近、あまりお目に掛からない。なんと、当席では、170回前の平成17年2月以来。春雨師匠曰く「この噺、尺(時間)が要りますねん。抜くとこ無いしね」。塩鯛師匠、これぞお手本、発端からサゲまで、35分の名演でありました。

 中入後のカブリは、三代目桂春團治一門から、「上方落語界の貴公子・虚弱体質児」桂春雨師匠。楽屋でネタ帳をめくりながらネタを思案中。『春雨』の出囃子で高座へ登場し、「ここの出番は難しいです。中入り後二本やからね。シバリ言うて、中入り後のざわつきを高座へシバリ付けなあかん。モタレ言うて、トリにもたれ掛かって迷惑を掛けないようにせなあかん。それと、もう、恋雅亭での私の出番は最後かも判らんしね。ここで一回も掛かってない噺を・・・」と、『にゅー』が始まる。
 春雨師匠も高座で説明されていましたが、この噺、明治の「大円朝」と言われ、『鰍沢』、『芝浜』、『死神』、『牡丹灯篭』などを創作された三遊亭円朝師匠の創作落語。上方でも二人しか演(や)り手のない珍しい噺。速記を参考にご自身で創作されたそうであります。
 小生のライブラリーにも、四代目三遊亭円馬師匠が、昭和45年に、『第129回NHK東京落語会』で演じられたテープがあるだけの珍品中の珍品。
発端から上方風の演出で、クスグリ満載の面白い噺として演じられた20分の秀作でありました。

 当席・新春初席のトリは勿論、桂文珍師匠にお願い致しました。『円馬囃子』の名調子に乗って高座へ。「えー、三遊亭円朝師匠も面白くない噺を作られたもので、私も聞いたことがありません。彼(春雨師匠)も思い出となったことでしょう。」の挨拶で客席を大爆笑に巻き込み、「えーこの間、飛行機で東京から帰ってきまして、勿論、正規のルートで・・・。手荷物検査場で、『壊れ物はありませんか?』と聞かれたので『私の心』と言うと『大阪便ですね』」話題は、文福師匠が大活躍する「上方落語コンプライアンス研修」へ。パワハラに引っかかるので弟子を怒る時はみんなの前でなく、個別に。「これの方が堪える」。大爆笑のマクラから、始まった本題は、当席では初演となります、『包丁』の一席。
 発端のモテる男とモテない男の会話は上方色満載。モテない男、いやなことを頼まれて・・・。噺はドンドン展開し、女性を小唄を謡いながら口説く最大の聞かせ処。切れた男が真実を、そして、何も知らないモテ男が登場するのだが、そして、サゲ。半時間強の熱演は、初席らしい『しころ』で、お開きとなりました。
 着替え中の師匠に楽屋で「ここでは演(や)ってへんやろ。永いことやってへんねん。前半を上方風にちょっといろてな。東京の円生師匠のやり方とはだいぶ違うで」とお伺いしました。
 この噺で謡われる小唄は『八重一重』。♪~八重一重、山もおぼろに薄化粧、娘盛りはよい桜花、嵐に散りてネェ主さんに、逢うてなま中跡くやむ、サノサ。明治三十年ごろに大流行したそうです。