もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第496回 もとまち寄席 恋雅亭
 
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 公演日時: 令和元年12月10日(火)      午後6時30分開演
   出演者     演目
  桂   紋四郎  「浮世根問」
  桂   佐ん吉  「桃太郎」
  桂   坊 枝  「時うどん」
  笑福亭 鶴 志  「平の陰」
    中入
  桂   春 蝶  「やかん」
  月亭  八 方  「竹の水仙」(主任)
 
   打ち出し 20時50分 
   三味線  入谷 和女、勝 正子。
   鳴り物  林家 染八。
   お手伝  桂 三ノ助、笑福亭遊喬、桂 阿か枝。
 12月になって寒さも厳しくなってきましたが、当日は若干緩まった感のある令和元年12月10日の火曜日に第496回師走公演として開催させて頂きました。当日は、開催中の神戸ルミナリエや師走のあわただしさの中、本通りの人波も多く、多くの通行人が当席の提灯に目をやられる中、熱心な多くのお客様に開場まで並んで頂きました。
 ちょっと、出だしが悪かった前売り券も尻はねし、大入りの予感。
チラシも、「新開地喜楽館」、「よせぴー」や本日の出演者の持込などを中心に多数届き、多くの出演者(笑福亭遊喬、桂 阿か枝師匠は出番でもないのにわざわざ)や、関係者にも手伝って頂き、いつも通り、いつも以上に手際よくこなして、定刻の5時半に開場となりました。チラシも益々立派になり、パンフに挟むと分厚くてズッシリ感。いつもながら永らく並んで頂いたお客様が、一番太鼓に迎えられ、思い思いの椅子に着席されました。その後も、途切れることなくご来場されるお客様で、客席はほぼ埋まり、最後尾には長椅子を入れての定刻の6時半の開演。大入満席公演となりました。

 その公演のトップは、当席・世話人の桂春蝶師匠の一番弟子の、「紋ちゃん」こと桂紋四郎師。当席へは数多くお囃子として来演されているので、すっかり常連。大阪の大学ではなく、国立大阪大学のシャープな頭脳と、口跡の良さ、イケメン、キャリア10年。嬉しい初出演の紋ちゃん、楽屋準備、チラシの挟み込みなどこなし、『石段』の出囃子で高座へ。「えー、春蝶の弟子で紋四郎、紋白蝶。」と自己紹介。マクラは、お医者さんのリハビリで美人の看護婦さんと二人っきりで一時間。健康保険で週一回は楽しいひと時。始まった本題は、『浮世根問』。この噺、工夫したい処だが、紋ちゃんの口演は実に基本に忠実。所謂、昔のままの型。これは、力のいることで、どうしても自分流に変えたいのだが、そうせずに演じられる。サゲも仏壇の蝋燭立てと古風なサゲでありました。

*** 落語ミニ情報  其の壱 『根問物』 ***
 上方落語の前座がまず習う噺は、『旅ネタ』と『根問物』というジャンルがあります。入門直後に、間、テンポ、掛け合い、上下などをマスターする為だとされています。『浮世根問』は、その代表的なもので、登場人物は二人のみ。会話で噺が進行するボケとツッコミがハッキリしているしゃべくり漫才の原点とも言える噺です。まず、その噺を基本に忠実にキッチリと演じきることが非常に重要だとされています。どうしても、会話が一本調子になりお客様の反応が鈍いと自身のクスグリを入れたり間が持たない為、言葉をかぶらしがちですが、ここは我慢しなければならないとされています。
 この噺は明治に東京へ移植され、四代目、五代目の柳家小さん師匠のが現在の型となっています。サゲの『鶴亀の蝋燭立』は、寺などにある亀の甲羅に鶴が立っている蝋燭立から来ています。

 二つ目は、実力者揃いの桂吉朝一門から桂佐ん吉師匠。平成13年入門のキャリア18年。初の二つ目として登場願います。「文化庁芸術祭賞新人賞」、「なにわ芸術祭新人奨励賞」など受賞されている上方落語界のホープと、紹介しました。
早くから楽屋入りされ準備も万全で高座へ。マクラはお寺でやっている落語会での実話談。これが実に面白い。大いに客席を温めて始まった本題は、大師匠の米朝師匠が新しく作り上げられた『桃太郎』の一席。その噺を基本に忠実にご自身の工夫満載で演じられる。実に見事。完成度の高い一席でした。
 この噺を聞くたびに桃太郎の作者が言いたいことなどは、落語とは言え、実に納得性の高い内容。五穀とは、米・麦・粟(あわ)、豆、黍(きび)のことで、その中でも一番下の黍の団子は決して美味しいものでないとか、犬猿雉で智仁勇とか「教訓的御伽噺」の言葉がピッタリ。

 三つ目は、五代目桂文枝一門から、神戸の大学出身の桂坊枝師匠。皆様よくご存知の当席常連。『鯉』の出囃子で笑顔一杯で登場し、前の演者、佐ん吉さんが頑張ってくれて客席を笑いムードに持ってきてくれたお礼。その佐ん吉さんが天然で楽屋で五分ほどで三回切れたやりとりで爆笑を誘って、始まった本題は『時うどん』の一席。楽屋で鶴志師匠と「六代文枝襲名披露公演で、最初、七分の予定が、出入り入れて七分。出来ませんで『時うどん』。」
と談笑されておられたが、なんのなんの。ノリノリの22分。下りてこられた坊枝師匠、着物の上前(うわまえ)が汗で濡れておられた大熱演でありました。
*** 落語ミニ情報 其の弐 『時うどん』 おねおね ***
 この噺、東京では『時そば』として演じられています。明治時代に三代目柳家小さん師匠が移植されたそうで、東西ともに口演回数の多い噺。違いは二つで、食べる物がそばかうどん。それと、東京の筋は、最初に食べる男が一人で主人公は、物陰でその一部始終を見ていて真似をして失敗するのに対して、上方は二人の男が登場し、二回目はごまかすという深い動機がある内容です。
今の価値との単純比較は難しいですが、『時うどん』のうどん一杯が十六文。現在はうどんの値段は、色々ですが、立ち食いうどんで320円とすると一文は20円。一両は8万円となります。この計算でいくと、『高津の富』の一等の千両は8千万となります。ただ、一枚一分ですから2千円となります。

 中トリは、上方落語界の重鎮・笑福亭鶴志師匠にお願い致しました。一時、肝臓がんで体調を崩されていた師匠ですが回復され、今回も笑福亭伝統の豪快で、豪放磊落な六代目笑福亭松鶴師匠仕込みの本格的上方落語を演じるべく楽屋入り。さっそく、打ち上げを打診すると、「OK」。まだ、足の調子が悪いので、高座に椅子を用意し、『鞍馬』の出囃子で高座へ。
 「疲れてます。肝臓がんの人間を打ち上げに誘いまんねん。」のつかみからマクラは、実際に遭遇した、裏社会の人との交流。「ええ、度胸やな。わしの顔、怖くないんか!」に対して、「うちの師匠の方が怖いわい(客席は大爆笑)」。「今日は何を演(し)ようか。何しろネタ数が多いから迷っちう。」と、始まった本題は、六代目松鶴師匠の十八番の『平の陰』の一席。
松鶴師匠をベースに随所に鶴志師匠のカラー満載の噺、お客様も師匠も大いに楽しまれた25分でありました。
 この噺、『手紙無筆』としてお馴染みの噺。サゲが判り難いのでこの演題が多く使われています。従来のサゲは、「平の陰になって見えなんだんや」つまり、猪口が大平椀の陰に隠れて見えなかったなのだが、この大平椀(底が浅くて平たい大椀)が判らない。鶴志師匠も「お椀の陰で見えなんだんや。」と、演じておられました。

*** 落語ミニ情報 其の参 口伝について ***
 今席は、軽い根問ものがズラリ並んだが、ここまでの噺、小生は『浮世根問』と『時うどん』は五代目文枝師匠、『桃太郎』は米朝師匠、『平の陰』は六代目松鶴師匠から聞いていますが、トップから順々に、本日の演者の工夫が大きなウエイトになっています。時代や新しいギャグを入れて変化していくのは当然ですが、まずは基本がキッチリ腹に入っているかどうかが重要。今席のように腕の有る噺家諸師が演じられるとまた、格別なものです。

 中入後のカブリは、当席の世話人の桂春蝶師匠にお願い致しました。もうここは説明不要。今、乗りに乗っているキャリア25年。当日も和歌山の仕事から着物姿で移動され、三つ目の坊枝師匠の直前に着到(楽屋用語で到着の意味)。
中入り後、景気の良い『新鍛冶屋』の出囃子に乗って高座へ姿を見せられると、客席から大きな拍手と共に、「待ってました。タップリ!」と、声が掛かる。自分が考える説得力のある人として、元阪急ブレーブス(現在のオリックス)の『世界の盗塁王』の福本豊さんの名前を挙げ、その説得力満載の解説で客席の笑いを誘って「春蝶ワールド」スタート。「昔と今は芸人への考え方が変わった。」と、「雀荘のトイレでの役満ロン」の実話談(なんのこっちゃ)。大阪では言葉を縮めると、大根買う時、「大根有る」と聞くと「おま」と言うと紹介して、短縮の女性の口説き文句を朝丸時代の桂ざこば師匠の「ええか」、上岡竜太郎氏の「どや」、そして、実父の春蝶師匠の「なぁ」と紹介。そして、この「なぁ」が、サゲとなる。
 そして、設定を現代に、前半の内容を大きく改作された『やかん』の一席がスタート。子供のお悩み相談所なるものを始めた熊さんが、「知らない」と言わない甚兵衛さんの処へ質問に来る。「世界で一番大きな動物は?」「私は文科系? 理科系?」などなど。噺は再び、「月亭可朝・野球賭博事件」や、「今は政治家や芸人はゴキブリと同じ。なぜなら、新聞で叩くと死ぬ!」。色々な質問に甚兵衛さんの「真剣に応えたらあかん。ええかげんに!」と、珍回答がさく裂。
 そして、「やかん」の由来についての質問に、「頃は慶長十五年も・・・。」と、難波戦記の講談が始まる。はちゃめちゃな登場人物が登場してサゲは、那須与一が放った矢が水沸かしに当たって、「カーン!」。そして、マクラで仕込んであった、春蝶師匠の最も短い口説き文句。見事な演出でトリの八方師匠と交代になりました。
 この講釈の演出は、上方落語の珍品『狼講釈』や、中トリの鶴志師匠は昭和四年の五代目笑福亭松鶴師匠の二代目枝鶴時代の速記本の『居候講釈』として演じられていますし、東京では、『五目講釈』などがあります。
 この噺では、「やかん」の名前の由来を矢が当たってカーンと鳴ったので、「矢カーン」と紹介されましたが、実際は中国の生薬用の加熱器具「銚子・別名を『藥銚』が原型で、日本では鎌倉時代にすでに登場していた、漢方薬を煮出す道具で薬鑵(やっかん)と呼ばれていたもの。その後、湯を沸かしに使われるようになったものです。

 年内納めの師走公演のトリは、上方落語界の重鎮・月亭八方師匠。昭和43年の師匠キャリア50年超。いつまでも、若くて元気な師匠。大好きな当席の大トリをビシッと締めるべく、
『夫婦萬歳』の出囃子で高座へ。「えー、恋雅亭には年に一度か、一年半に一度、出してもろてますが、ここのお客さんが世界一ですね。世界行ったことないから日本一、東は行ったことないから・・・。神戸一」。早々に始まった本題は、永らく温めておられた、落語は元より、講談や浪曲でお馴染みの『竹の水仙』の一席。噺の舞台を八方師匠は、東海道五十三次の四十番目の鳴海宿、現在の名古屋市緑区(名古屋と豊橋の間に位置)と紹介。
発端から八方流の演出満載。師匠の見事なまでの演出で噺は進み、狙いすましたような笑いと拍手の中、「宿屋の亭主のご商売は?を背中で聞きながらせきも慌てもせず、雪駄の音をチャラ、チャラ・・・・・・。」、・・・、ああ。大工か。」とサゲとなった秀作でありました。

*** 落語ミニ情報 其の四 『竹の水仙』 ついて ***
 この噺は、『三井の大黒』、『ねずみ』、『蟹』、『猫餅』、『笑う首』などの一連の左甚五郎の逸話談の中でも有名なものです。上方落語としては、五代目笑福亭枝鶴師匠が、六代目松鶴師匠と仲の良かった初代・京山幸枝若師匠から口伝され演じておられました。
 幸枝若師匠は、『寛政力士伝』、『河内十人切り』、そして、一連の『左甚五郎』、さらに、カラオケでも歌われている『会津の小鉄』・♪~梅の難波で産声挙げて、度胸千両の江戸育ち。さらに、♪~酒も飲まなきゃ、女も抱けぬ、そんなどあほは死になされ、の『浪花しぐれ・桂春團治』などの抜き読みで大変人気のあった師匠です。
 一方、「落語浪曲」として、大阪出身で、東京で活躍された鬼才の広沢菊春師匠から、義兄弟だった、三代目桂三木助師匠に伝わって演じられている流れもあります。
八方師匠は、この広沢菊春師匠をベースにされておられます。
菊春師匠は落語も浪曲として演じられておられ、『崇徳院』、『吉野狐』、『お文さん』、『大山詣り』、『猿後家』、『不動坊』、『千両みかん』が貴重な音源として残っています。