もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第446回 
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 公演日時: 平成27年10月10日(土)      午後6時30分開演
   出演者     演目
  桂    鯛 蔵  「牛ほめ」
  月亭   八 光  「堪忍袋」
      枝曾丸  「和歌山弁落語・親族一同」
      文之助  「茶屋迎い」
    中入
  桂    三 象  「宿題」
  笑福亭  鶴 志  「千早振る」(主任)

   打出し  21時00分
   お囃子  勝 正子、佐々木千華、月亭天使。
   
 平成二十七年も、残り三回となります、十回目の公演。過去の大入満席公演を受けて、一年で一番良い気候の昔の体育の日(東京オリンピックの開催日)の十月十日の土曜日。
前売券も完売となり、その後も電話の問い合わせが途切れない中、当日を迎えました。
お客様の出足も絶好調。その後もお客様の列はドンドン長くなっていきました。
多く届いたチラシを開場準備に間に合わそうと一丸となって人海戦術で手際良くこなし、定刻の五時半に開場。
早くから並ばれたお客様から次々とパンフレットに挟み込まれた一杯のチラシを持って景気の良い一番太鼓に迎えられてご入場され、思い思いの席を確保されました。
長時間、待って頂いたお客様にはいつもながら本当に申し訳ないことであります。
その後も次々ご来場のお客様で席は次々と埋まっていき、着到(二番太鼓)がなる頃には、後方に並べた椅子も一杯になった大入満席の状態となりました。

 十月公演のトップは桂塩鯛一門(ざこば師匠の孫弟子)から桂鯛蔵師。平成十五年に、桂都丸(現・四代目塩鯛)師匠に入門し、さん都。平成二十二年師匠の襲名時に二代目鯛蔵と改名。キャリア十二年で、当席へは二度目の出演。
 師匠の教育よろしく、真摯に落語に取り組む姿勢、楽屋態度も抜群は各地の落語会で実証済み。早くから楽屋入りされ楽屋の準備も万全で、正子・千華嬢の三味線での『石段』の出囃子に乗って満席の客席の拍手に迎えられてトップバッターとして高座へ登場。「えー、ありがとうございます。開演に先駆けまして・・・」と携帯電話の注意をお願いして、トップの意味合いを意識されマクラ
もほどほどに始まった本題は、上方落語の定番の『牛ほめ』のおなじみの一席。
師匠や一門の教えをキッチリ守った高座は発端からサゲまで、オーソドックス噺の中に色々な工夫が随所に入り、ツボツボで客席は大爆笑に包まれた口演は十五分。お客様も演者も大満足でありました。
ここで登場する牛は、「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違」と、角はまっすぐ天を指しており、目は地をみつめており、毛色は全体黒く、耳は小さく、歯は上下食い違っているものが良い牛とされています。又、池田のおっさんの普請は見事なもので、「何でも鑑定団」にでも出品すれば「いい仕事してますね」となる逸品揃いであることは間違い有りません。

 二つ目は、TV・ラジオ、マスコミで大活躍中の月亭八光師の登場となりました。
売れているとはいえ、落語界は年功の世界、八光師も高座で言われていましたが、キャリア十九年で二つ目として登場となりました。
 早くから楽屋入りされ、昔のネタ帳を見られ感心しきり。開演時点では着物に着替えられ、楽屋で挨拶。気合い十分のご様子。
袖でお客様の反応を確かめられ、『春の長い日』の出囃子で高座へ登場すると、客席からは「待ってました」と「どんな落語するの?」が入り混じったような拍手が起こる。
挨拶から、「初めて出してもらいます。ここ(恋雅亭)が出来たときは私は四歳。ネタ帳を見ますと親父も早くから出演してまして、どんな、すごい噺を演じたかと見てみますと『世間話』と書いてありました。」と爆笑マクラがスタート。
早いものでキャリア十九年、結婚して十年になりますと、続けて、結婚して半年で二十五キロ太った嫁の話題。爆笑を誘った後、始まった本題は『堪忍袋』の一席。
発端の「出て行け、出て行ったら」から元気一杯の高座が始まる。
『夫婦喧嘩は犬の食わない』のことわざにあるようにつまらないことが原因で起こりすぐ仲直りするのだが「殺せ、殺したる」となると、ほっておけず仲裁に入るのだが、やはり原因はしょうもないこと。この原因で客席は大爆笑に包まれる。解決策として堪忍袋を作って夫婦喧嘩は収まるが、大店の嫁姑の本音が大爆笑となるサゲとなった、それぞれのクスグリに場内は大爆笑に包まれ、大いに盛り上がった二十二分の高座でありました。
 この噺は元々、東京の噺であったのですが、上方には笑福亭鶴瓶師匠がサゲなどを改作してよりお笑いの多い噺に仕上られ、多くの演者がいる噺で、八光師もその鶴瓶師匠の演出を土台に口伝されたものを自身の工夫の演出をプラスしての好演となりました。
 ※鶴瓶師匠の『堪忍袋』の当席での初演は昭和60年3月の第84回公演。
 その公演の出演者は、桂雀司(現:四代目文我)/桂千朝/桂文我(三代目・故人)/中入/笑福亭鶴瓶/橘家円三/笑福亭松鶴(六代目・故人)。今から三十二年前、八光師が八歳の時でした。

 三つ目は、先代文枝一門の「和歌山のおばちゃん」こと桂枝曾丸師匠。
平成二十一年七月の第371回公演以来、五年ぶりの出演とあって懐かしそうに変わっていない楽屋を見渡される。
乗りのりの「沖の暗いのに白帆が見える、あれは紀伊の国、みかん船」と、お馴染みの『カッポレ』の出囃子に乗って、絣の着物でおばちゃんかつらをかぶってのスタイルで登場すると会場は待ってましたとドッと受ける。「ありがとうございます。はぁー、久しぶりの神戸風月堂の寄席でございまして、私が和歌山のおばちゃんことかつらしそまると申します。今日は和歌山から電車乗り継いでやってまいりまして・・・」と自己紹介。
 そして、「ざ行」と「だ行」がごっちゃになる和歌山弁の紹介。
「ぜんざい」は「でんだい」。「ぜろ」は「でろ」。「さんぜんえん」は「さんでんえん」と、ややこしい。「象の銅像が出来た。どこよ」が「どうのどうどうがでけた。どこよ」と、「ど」が続く。
 充分、会場が暖まった後、これでもかと始まった本日の演題は和歌山弁落語と副題がついた『親族一同』。
前回は和歌山のおばちゃんが親戚の結婚式に出かけ繰り広げる大爆笑噺の『祝い事』でしたが、今回は和歌山のおばちゃんが親戚の葬式に出かけ繰り広げる大爆笑噺となりました。
客席からは「あるある」「そうそう」と、相づちを打つような笑いが続いた二十二分の狙い澄ましたようなよく出来上がった絶好調高座でありました。

 中トリは、故桂枝雀一門で上方落語界の名跡・文之助を襲名された、三代目桂文之助師匠。
地元神戸出身で、小学校の頃から落語に興味を持ち、中学卒業と同時に入門を懇願するも高校を出てからと言われ兵庫県立兵庫高校を卒業と同時に入門。米朝師匠から船弁慶の「雀のお松」から桂雀松と命名された。
『連獅子』の出囃子に乗って高座へ登場すると本日一番の拍手に迎えられて高座へ登場。
まずは、軽い調子のマクラで「男の道楽」を説明。お客様もご自身も肩のこらない楽しそうな雰囲気が充満する「文之助ワールド」へ突入。
そして、始まった本題は、ちょっと珍しい茶屋噺、『茶屋迎い』の一席。
 お茶屋遊びが過ぎる道楽息子を番頭らに迎えにやらせるのだが逆に取りこまれる一方。
それではと親旦那自ら飯炊きに変装し、お茶屋に乗り込む。小部屋で待つところに部屋を間違って芸者が飛び込んで来る。顔を見合わす二人・・・。昔のお馴染み。いかがなりますか。
二人の仲が最高潮になった瞬間、狙い済ましたようなサゲ。
文之助師匠の口演は随所に独特のフレーズやクスグリが入り、又、芸の底力を見せ付けるようなクダリでは拍手も起こった秀作で、ご自身もお客様も大満足な二十五分の好演でありました。
 この『茶屋迎い』なる噺、大変珍しい噺で、元々、上方噺で東京では『不幸者』として演じられています。同趣向の噺として、昭和の名人・六代目三遊亭圓生師匠は『ミイラ取り』として演じられておられました。

 中入り後は、六代・桂文枝一門の桂三象師匠、独特のキャラはこの位置は定位置。
 『芸者ワルツ』の出囃子で、高座へ顔を見せるだけで会場中に笑いが充満する得なキャラクターの師匠。
いつもの様に、やや早口で、舌足らずのマクラは爆笑の連続。充分暖まって、和ませた会場で始まった本題は師匠に当たる文枝師匠の創作落語の『宿題』。これが実に面白い。作品の良さにプラス、三象師匠のイメージが爆笑を誘い続ける。息子の塾の宿題(算数の鶴亀算や過不足算)に悪戦苦闘する父親を漫画チックに扱った作品で、文枝師匠はどちらかと理知的なイメージであるのに対して、失礼ながら三象師匠はこの父親のイメージにピッタリで、すっかりご自身の十八番となっている、何度となく続いた大爆笑に客席も師匠自身も大満足な25分でありました。
**さてここで、小学校に返って問題です。**
 月夜に池の周りに鶴と亀が集まってきました。頭を数えると16。足の数を数えると44ありました。さて鶴は何羽、亀は何匹いたでしょう。

 本日のトリは笑福亭鶴志師匠。ご存知、笑福亭・上方落語界の重鎮であります。早くから楽屋入りされ、いつもの様に絶好調。
 『鞍馬』の出囃子でにこやかに、のっしのっしと高座へ上がって、「阪神どうなりました。・・・」と、阪神ファンならではの語りだし。
 この会話で客席は大爆笑。一気に鶴志ワールドへ突入。阪神ファンとしての期待や愚痴のマクラに客席は大爆笑に包まれる。次期監督候補や、過去の解説者の話題を次々に挙げて客席が暖め始まった本題は、『千早振る』の一席。
百人一首の意味を珍解釈するおなじみの噺で別名を『竜田川』。爆笑噺とあって多くの演者が名演を披露していますし、上方落語の『旅ネタ』と並んで前座話の定番と言われている『根問物』ですが、落語で重要なテンポ(調子)と会話のやり取り(間)が重要。特にサゲ前に繋がる仕込みが永遠と続き、ネタバレしないように、そして、サゲ前にトントンと謎解きをして演じるのに力量がいる噺です。さらにサゲでは、師匠自ら楽しまれるように、「これでは下られませんなぁ」と、四つ用意された、尊敬される、先代五代目柳家小さん師匠同様に前座噺でもトリが演じればひとつの大きな噺になることを証明された鶴志師匠真骨頂の半時間強の名高座でお開きとなりました。帰路に着かれるお客様の満足そうな顔で今回も大いに盛り上がった恋雅亭でありました。

 ここでの三廓とは、江戸の吉原(東京都台東区浅草北部)、京の島原(京都市下京区西新屋敷)、そして、大阪の新町(大阪市西区中央部)で、神戸の福原は入っていません。この噺、今から二百年以上前の初代桂文治師匠の作と言われ今までに色々な改作が加わり、今では多くの演じ手がいる噺であります。「千早ふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」本当のこの短歌の意味は、「山を彩る紅葉が竜田川【奈良県生駒市】の川面に映り、唐紅のくくり染めのようである。このようなことは神代にも無かっただろう」で、勿論、相撲取りや花魁は出てきません。作者は平安時代の歌人で美男の代表と称された在原業平(ありわらのなりひら)朝臣。