もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第416回 
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      「開席三十五周年記念公演」
 公演日時: 平成25年 4月10日(水)      午後6時30分開演
   出演者     演目
  林家  染 左  「隣の桜」
  桂   宗 助  「不精床」   
  桂   坊 枝  「がまの油」
  桂   春團治  「野崎詣り」
    中入
  姉様キングス
  桂あやめ・林家染雀 音曲漫才
  林家  染 丸  「辻占茶屋 」  (主任)

   打出し  21時00分
   お囃子  勝 正子。
   手伝い  林家 愛染
 春本番の陽気が続いた四月十日の水曜日、もとまち寄席・恋雅亭の「開席三十五周年記念公演」が開催されました。
 前景気も好調。さらに、前日、神戸新聞や各種広報に掲載されたため問い合わせの電話が鳴り止まない中、前売り券は完売で当日を迎えました。既にお知らせの通り、全面改装も本格的に始まった凬月堂さんの入り口では、平日にもかかわらず当日券を求められるお客様も多く、お客様の列はどんどん長くなっていきました。改装中は開場時刻も半時間、後ろ倒しとなり、さらに、当日は前日までとは打って変わって肌寒い中、長時間並んで頂いたお客様には大変申し訳ないことでございます。今回も一杯届いたチラシの折込を人海戦術(いけだ市民文化振興財団、須磨名谷亭世話人、三栄企画様など応援多数)でこなす。とにかく毎回、量が多く大忙し。いつもより半時間遅れの六時に開場となり、待ちわびたようにご来場されるお客様で、席は次々に埋っていき、当日券を求められるお客様も多数御来場され、開演の六時半には、客席後方に若干の立ち見が発生した大入満席で 「第四百十六回もとまち寄席恋雅亭・開席三十五周年記念公演」の開演となりました。

 記念公演のトップは、平成二十年の「開席三十周年記念公演」にも出演の染丸一門の元気印で師匠の教えを忠実に守った明るく、元気一杯で地元神戸での「須磨名谷亭」でも大活躍の林家染左師。『石段』の出囃子で高座へ姿を見せると客席からは待ちわびたような大きな拍手が起こる。当席へは平成十七年三月の第319回公演に初出演以来、以降、338回、356回、366回、391回、405回、そして、416回と七回目も出演の当席常連です。
 「はい、どうも、ありがとうございます。只今より『もとまち寄席恋雅亭・三十五周年記念公演』の開催でございまして・・・。お後、師匠連をお楽しみに私の方は軽くお付き合いを・・・」と挨拶から、春、黄砂、PM2.5のマクラを軽く振って始まった本題は、いかにも上方らしい噺で一門のお家芸でもあり、三代目、四代目染丸師匠の十八番でもある『隣の桜(鼻ねじ)』。商家の春の風物詩を題材に噺が進む。賑やかにお囃子もタップリと入って師匠直伝のキッチリした演出にご自身の芸風もプラスされた、実に陽気なコテコテの爆笑上方噺に仕上がっていた。明るく楽しい噺はマクラも入れて18分。勿論、旦那さんは大橋さん(三代目染丸師匠の本名の大橋駒次郎)でありました。トップからフルスピードで記念公演はスタートとなりました。

 二つ目は桂米朝師匠の末弟の桂宗助師が『月の巻』の出囃子で登場。
末弟と言ってもキャリア二十五年、二つ目にはもったいないで番組。宗助師匠、師匠からの薫陶よろしく、礼儀正しく明るく元気一杯の芸風で、ご自身や同期(昭和六十三年入門)での落語会【六十三年入門をもじって六・三から「はやかぶの会」】などを開催されている勉強熱心な師匠。ちなみに六十三年入門組は、笑福亭瓶太、笑福亭銀瓶、桂文華、桂宗助、桂わかばの各師匠で、いずれも当席ではお馴染みのメンバーです。マクラは親子でたいへん不精な二人主人公の『不精猫(不精の親子)』。この噺で一席となる程、笑い満載、場面転換もダイナミック、そして、サゲが又、いい。しかし、演じ方を間違えるとシーンとしてしまう難しい噺。当席のお客様はさすが! キッチリ、ツボ、ツボで大きな笑いがタイミング良く巻き起こる。客席の笑いを充分誘って始まった本題は上方ではちょっと珍しい噺の『不精床』の一席。
 東京の寄席ではよく演じられるいかにも江戸っ子の一方の気質が垣間見える噺、噺の筋は他愛ないものですが、床屋の親方のお客に媚びない横柄な口のきき方扱いが大いに笑いを誘う聞かせ処、満載の噺です。床屋の親父の不精ぶり、横柄さとそれに怯えるように従ってしまうお客。この感情は東西共通で上方でも共感を得る処が多く、客席は爆笑の渦に包まれる。
 ノリノリの高座は二十分。お後と交代となりました。

 三つ目は文枝一門から、当席常連の桂坊枝師匠。
いつまでも童顔で愛くるしい笑顔一杯の師匠。そのキャラクターと師匠の教えを忠実に守った爆笑落語は当席でもファンが多い。楽屋入りして、次の三代目師匠の演題をも考慮して今日の演題をチョイス。『野ざらし』か『がまの油』。『鯉』の出囃子で満面の笑みで高座へ登場すると客席のムードも一変。ここいらが得な処。「ちょっと、クイズを・・・。本日の出演者で帯を忘れた人?」との話題で笑いを誘って、マクラから始まった本題は『がまの油』。
 トントンと流れるような啖呵が酒に酔う前と酔った後でどう変わるかが聞かせ処のこの噺、主人公のがまの油売りと坊枝師匠のキャラクターが見事にマッチした明るい、明るいがまの油売り。酔っ払いもやや誇張気味だが本当に酔っているのかと思わせるような熱演。汗をブルブルかいて困りきった表情や仕草に客席は大爆笑。大いに盛り上がった熱演は二十六分。さすが!この噺、故人となられた桂春蝶師匠が米朝師匠に口伝され十八番として演じられておられた。当席でも、今から二十八年前の昭和六十年の四月公演で演じられ、マクラにはジャンジャン町の「叩き売り」や天王寺公園の「蛇の薬」がマクラとして付いていた。坊枝師匠のマクラには『叩き売り』は無かったが『蛇の薬』はあったので、春蝶師匠系の口伝ではないだろうか?
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 小生は『がまの油』の実演は実際に見たことはないが『蛇の薬』には想い出があるので、ちょっと紹介してみたい。春蝶師匠演じる『蛇の薬』の舞台は天王寺公園であったが新開地の湊川公園にもあった。
 昭和二十八年生まれの小生がまだ小学校低学年だったので、昭和三十年代、薬の値段が小使いでは買えない程、高かったので一度も買った事はないが、腕を小刀で斬り、その出血した傷口に薬を塗ると出血が止まったり、ほくろや虫歯がポロリと取れたりするのが実に不思議であった。家に飛んで帰っては夕食の準備をする母や祖母に真剣にすごさを語り「高也(小生の本名)の又、蛇の薬の話が始まったで。」とよく呆れられたものであった。その『蛇の薬』の口上のスタートは真ん中に止めた自転車と無造作に地面に置いた布袋を中心にまずは地面に大きい円を描き、大空を見上げる処から始まる。そして、おもむろに口上が始まる。蛇年生まれの小生が毒の強い順に紹介する口上で、「キングコブラ、ウミヘビ、百歩蛇、そして、ハブ、マムシ・・」と名前を覚えた。その薬にはたしか二種類あった。メンソレータムの様な円形の金属の器に入った軟膏タイプ(大・小)とコルクの栓で蓋をした透明のガラスの瓶に入った茶色の液状タイプ(大・小)。いずれも二種類であった。腕を噛ませる蛇は麻袋の中に入っており、小生も何時か出てくると思いながら蛇の頭を掴む紐の端を真剣に持ったりもしたものである。しかし、一度として袋から蛇は出てこなかった。
 はたして袋の中はハブか、マムシか、アオダイショウか、そして、蛇だったのだろうか?

 サゲと同時に『野崎』の出囃子が流れ、メクリが「春團治」と変わると客席の雰囲気は最高潮。
ユックリと高座へ姿を見せ一礼。客席からは大きな拍手と共に、「待ってました!」「三代目!」「タップリ!」と、いたる処から声が掛かる。
 「えー、大勢のお越しでございましてありがたく厚くお礼を申し上げましてございます。
この恋雅亭も本日、三十五周年を迎えることとなりました。これもひとえに凬月堂様、関係者、そして、ご贔屓頂きますお客様のお陰で心よりお礼を申し上げましてございます。なにとぞ、この会が末永く続きますよう、私のほうからもお願い申し上げましてございます。私で中入り、休憩でございます。トリの染丸師匠がご機嫌を伺うことになっておりますので、それをお楽しみに、私のところはごく馬鹿馬鹿しいお噂を・・・。」との挨拶に客席からは大きな拍手が起こる。
そして、始まった演題は「関西には有名なお参りが三つございまして・・・」から始まる、春團治十八番より『野崎詣り』。全編、華麗で流れるような見事な高座。コメントを挟む余地無しの名演でお仲入りとなりました。
※ 改装の影響で照明が一時、暗くなったがいつもながらの師匠。又の御出演をお願いして同伴の奥様と仲良く帰路に着かれた師匠をお見送りいたしました。

 中入後のカブリは、姉様キングスに御陽気に登場願います。
桂あやめ、林家染雀の両師が平成十一年に結成した音曲ショー。当席へは三度目の御出演。どちらも白塗りの芸者姿で、バラライカと三味線で小唄や都々逸の古典的音曲の芸を繰り広げられます。早くからの楽屋入りで念入りに化粧を済ませて、中入カブリの記念公演の高座に艶やか?高座に登場。客席は一瞬、「んー」いった感触。『とんこ節』の替え歌のテーマソング「島田かぶって、白粉はけば、違う私にこんにちは。顔も白いが面白い、ねえ、姉キン、姉キン。」で、すぐに理解され、ドッカンと笑いが起こる。ツカミの「中には動揺したお客様もいらっしゃいますが、すぐにーーー慣れます(大爆笑)。私たち、男女コンビでございます。」も、バッチリ決まってノリノリの高座がスタート。三度目の出演となりますが、ネタがドンドン変わっている勉強振りには頭が下がります。
 陽気で楽しい音曲一杯の二十分の爆笑高座でありました。

 高座の準備が出来、出囃子も『正札付き』に変わり記念公演のトリ、四代目林家染丸師匠の登場となりました。
 第壱回の杮落公演から今回で八十回目(第壱位)の出演となる師匠に客席から大きな拍手と掛け声が掛かる。「えー、一杯のお運びでございまして・・・。」との挨拶から、「紫綬褒章を貰った直後に脳梗塞を」と現状を説明され、始まった演題は、染丸十八番のいかにも上方らしい『辻占茶屋』の一席。この噺、当席では平成十七年四月の第320回公演以来、八年ぶりで二度目の口演となります、大変珍しい噺。勿論、前回も染丸師匠演。女郎・梅乃に騙されていないかを試すため源兵衛が持ち出すのは心中。題材が題材だけにちょっと陰気になりがちな噺でもありますが、そこは上方落語。そして、明るい芸風の師匠ですので、女郎を待つ時に流れる唄を辻占(見徳・けんとく)にするクダリではお囃子さんとの息もピッタリ。お囃子に乗ってトントンと進み、心中に行ってサゲとなりました。途中で、照明が消えるハプニングもありましたが、それを笑いに変える処は見事でありました。
 サゲは、
源)「お、梅乃やないか!」
梅)「まぁ、源やん。あんた風邪ひかなんだか?」梅)「まぁ、源やん。あんた泳ぎ、うまいなぁ。」
ではなく、
梅)「まぁ、源やん。しゃばで逢(お)うたなりやない。」でした。
 結構なトリの演題。大喝采のうちに大いに盛り上がった「三十五周年記念公演」でありました。

・この噺、色々、判り難い言葉が出てきますので、ちょっと解説。
 「見徳(けんとく)」=予感。縁起。のこと
 「間夫(まぶ)」=遊女の本当に好きな人
 「しんねこ」=男女が人目を忍んで語り合うこと
 「心底(真底)」=本当の心の奥底で思っていること
 「いか上り(のぼり)」=凧上げのこと。「初天神」などでも、この言葉を使っている演出もあります