もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第370回 
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 公演日時: 平成21年 6月10日(水)      午後6時30分開演
  出演者     演目
 桂   ひろば  「大安売り」
 月亭  遊 方  「公園の幼児ん坊」
 笑福亭 岐代松  「火焔太鼓」
 桂   米 二  「天狗裁き」
  中入
 笑福亭 仁 福  「始末の極意」
 月亭  八 方  「大丸屋騒動」(主任)

   打出し 21時00分
   お囃子 林家和女、勝 正子
   手伝い 桂 治門、月亭八斗

 平成二十一年六月の第370回恋雅亭は、五月十一日より、前売券が発売される。六月を待たずに売り切れとなりましたが、折からの新型インフルエンザの影響で電話では開催の有無、当日券の状況確認の電話が鳴り止まない。
 インフルエンザの影響が不安な中、当日の十日を迎える。当日は雨の水曜日。しかし、お客様の出足はいつも通りで多くのお客様が列を作られ開場を待たれる。長時間並んで頂くには申し訳ないことである。 一杯届いたチラシの準備も人海戦術で折込を行い開場。一番太鼓と共にご入場されるお客様で会場一杯に用意した椅子が次々に埋まっていく。しかし、インフルエンザの影響もあって、立ち見は発生せず、ほぼ満席で定刻の六時半を迎える。

 その公演のトップバッターは、ざこば一門から桂ひろば師。
平成十二年入門へは早くも二度目の出演となる期待の星。一門では、都丸、出丸、わかばの各師に次いでの四番弟子で、師匠と兄弟子の教えを忠実に守って各地の落語会で大活躍。張り切っての出演となりました。
 開演を告げる二番太鼓【着到】から『石段』の出囃子で高座へ登場。
「ありがとうございます。只今より開演でございまして、まずはトップバッター、『落語界の若乃花』、桂ひろばの方で・・・」と、あいさつ。マクラは、お客様の三人、出方五人の落語会、山梨の老人ホーム落語会の出来事で笑いを誘って、「私の方は軽く・・」と始まった演題は、相撲の爆笑噺『大安売り』。相撲の結果を報告する関取とその結果に一喜一憂する聞き手の会話。笑いがツボツボで連続して起こった十六分の高座、トップから会場は沸騰であった。

 二つ目はトリの八方一門から月亭遊方師。
いつもながら、師匠譲りのパワフルで若さ一杯の高座は、本人曰く「大好きな恋雅亭」とあって、さらにパワーアップされて準備万全。『岩見』の出囃子で飛び出すように高座へ。
 「ありがとうございます。一杯の拍手でございまして月亭遊方の方で、ドッカン、ドッカンご陽気にお付き合いをお願い致しておきます」。「個人的なことですが、独身でしてもちろん子供もいないですが、よその子供さんをみてますと感性が面白いです」と、子供の感性の豊かさの話題。そして、始まった本日の爆笑落語は、今の世、どこにでもいるような子供達とその親が繰り広げる自作の『公園の幼児ん坊』。現代的な切り口で演じられる口演は、随所で狙ったように笑いが起こる。
 HPで調べてみると、1997年が初演で「公園で遊ぶ子供たちも世界にひとつだけの花。ひとりひとりが個性的。でもその違いすべてが、本当に“もともとな”オンリー・ワン?!(遊方作)」とあった。

・・・遊方師匠の当席の創作落語・・・
『葬マッチトラブル』『飯店エキサイティング』『奇跡のペンダント』『ゴーイング見合いウエイ』『絶叫ドライブ〜彼女を乗せて〜』『戦え!サンダーマン』『たとえばこんな誕生日』『酔いどれ交番所』

 三つ目は笑福亭一門から笑福亭岐代松師。
本名、橋尾一岐代(はしおかずきよ)。芸名の由来は、六代目松鶴師匠が、本名の一岐代の「岐代」に松鶴の「松」をとって命名されたとお伺いした。久々の出演を待ちかねたお客様の拍手と『どて福』という何とも上方らしい名前の出囃子に乗って長身をやや前かがみにして高座へ。
 「ありがとうございます。続きまして私の処も、そこに立派な戒名を書いて頂いております、岐代松と言います、どうぞよろしくお願い申しておきますが、」と、あいさつし、二年前の三月の休演の理由、二階から落ちて左の大腿骨の骨折の影響で休演となったため、平成十七年五月以来の四年ぶり出演となったいきさつを紹介。さらに医者からは「正座は十五分」と断って、骨董ブームの話題から始まった演題は『火焔太鼓』。
 この噺、ご存知の昭和の名人・五代目古今亭志ん生師匠の十八番として今もCDが発売されている。近年、上方でも演じ手の増えてきた演題である。上方の古道具屋と武家屋敷を舞台に繰り広げられる爆笑噺。サゲは「太鼓、売って『ド−ン』と儲けた」「これから太鼓ばっかりドンドン売ったんねん」「アホなこといいなさんな、太鼓ばっかり売ったらバチが当たる」であった。

 中トリは米朝一門から桂米二師匠にとって頂きます。
昭和五十一年入門で、「上方落語界一の理屈言い」の異名をもつ上方落語界きっての理論派で師匠直伝の本格的な上方落語を演じられる本格派である。
 『五郎時致』の出囃子でゆっくり登場し、「えー、私の方もよろしくお付き合いを願っておきますが、人間は誰しも夢というものを見るそうで・・・・」と、あいさつ、即、夢のマクラがスタート。始まった演題は、師匠直伝で師弟十八番となる『天狗裁き』。
 実によく出来た噺で、主人公の夢を聞きたがる人が次々登場し、物語が進展する。同じ趣向の繰り返しなのだが、そう思わせず、ツボの言葉で待ってましたとばかり会場が大爆笑に包まれる。
 勿論、米二師匠の口演は、師匠直伝をキッチリと、演者の力量と相まって大爆笑に包まれたのは言うまでもない。サゲもキッチリ決まり再演を期待したい二十五分の秀作であった。

 中入りカブリは、『待ってました』笑福亭仁福師匠の登場です。勿論当席常連。
 明るく、ちょっと恥ずかしそうに、困ったような高座にファンも多い。「草野球界の衣笠」の異名を持つ笑福亭仁福師匠。現在、故文枝師匠が結成された草野球チーム「モッチャリーズ」の監督兼キャプテン兼酔いどれ選手兼マネ−ジャ−で「勝ち負けではなく楽しむこと」をモットーとし、年間の試合数は数百試合と落語の高座に出るよりも多いとのこと。いつものように長身を恥ずかしそうに縮めて、『自転車ぶし』の出囃子で高座へ。
 「私の方も決して悪気があって出てきたのではありません。お次の準備が出来ましたら直ぐさま交代と」と、三回繰り返す。それだけで、会場全体が、まるで温泉に浸かっているようなほのぼのとした暖かさに包まれる。「色々な性格の人がいるもので」と「けちん坊・貧乏・泥棒」の三ボウの話題。さらに、けちん坊の小咄が続く。落語は迫力満点で豪快な半面、時折見せる困ったような仕草が爆笑を誘い、いつもの仁福ワールドがスタート。マクラから続いて始まった演題は『始末の極意』。
 この噺、仁福師匠は始末な主人公を生々しく描くが、自身のゆるーく、暖かいムードが会話をホンワカと包み込んで何とも言えない秀作に仕上がっている。噺自体の随所にちりばめられたくすぐりが爆発して客席は爆笑の連続。
 サゲは、木の枝にぶら下がって手の指を離して示す、仕草落ち。
 
 トリの上方落語界の重鎮・月亭八方師匠と交代となる。
その八方師匠、今回もいつもながらの爆笑高座は健在。『夫婦萬歳』の出囃子で登場。いつもの『八方の楽屋ニュース』が始まる。ターゲットは神戸に関係のある「K代議士の美人と熱海旅行」。続いて、娘の東京の男性との婚約。「東京の男性は巨人ファンや。『認めない』と言ったが無視された」。そして、始まった演題は、上方落語の大物中の大物、『大丸屋騒動』。
 昨今、大物を手がけられておられる師匠の究極の一席である。発端からサゲまで、人情噺なので、クスグリはなく筋立てを追う噺であるので余分なクスグリを入れたり、現在の情景を入れると噺が壊れてしまう。そして、はめものとの呼吸にも高度な技術を要する。これを総合して難しい噺と言われて演者の力量が必要となる。
 その噺をキッチリと演じられた半時間超の名演であった。
 『大丸屋騒動』は、上方落語屈指の大物とされる噺で上方では珍しい人情噺【厳密にはサゲがあるので違うが】で、非常に難しい噺と言われている。安永年間に実際に京で起こった事件を土台の講釈種を落語化したもので、物語の前半は、主人公の大丸屋宗三郎と番頭の何とも大店らしいやりとりがあって、後半の、富永町で起こる悲劇へ続く。さらに、後半は芝居噺風のかなり込み入った演出になっている。妖刀村正、宗三郎狂乱、など薄学な小生では判らないが、随所に歌舞伎のパロデイが入っている。
 サゲは「伏見」と「不死身」の地口落ち。

 この噺、戦前は「先斗町の師匠」と呼ばれていた初代桂枝太郎師匠の十八番と言われている。勿論、小生は聞いたことはない。戦後は長く演じ手のいなかった噺であったが、七十年代から初代森乃福郎、露の五郎兵衛師匠が手がけられるようになり、当席では、平成二年十月の第150回記念公演で、故五代目桂文枝師匠が演じられて以来、二度目の口演となる。