もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第339回
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 公演日時: 平成18年11月10日(火) 午後6時30分開演
 出演者      演目
    林家  竹 丸
もぎどり
  笑福亭 鶴 二けいこ屋
  桂   楽 珍宿替え
  桂   米 二風の神送り
  中入
  
桂   梅團治 「長屋浪士
  笑福亭 呂 鶴高津の富(主任)
                  
   打出し 21時 00分
     お囃子  山澤由江 勝 正子
     手 伝 桂 三ノ助

  「新春初席」から数えて十一回目の十一月霜月公演。過去十回は全て大入り公演。
今回の十一月公演も、当席おなじみの出演者がズラリ揃っての公演。前売、メール予約共、活発で回も大入りの状況で当日を迎える。当日は快晴。寒さも厳しくなった今回も多くのお客様が列を作られる中、準備を急ぐ。チラシも次々に到着し、そのチラシを人海戦術で織り込む。そして、お客様の出足はいつも通り絶好調。その後もお客様の出足は衰えることなく、本通りから脇道へ長〜く続く。そして、定刻の五時半開場。列を作って待っておられたお客様がご入場され席が次々と埋まっていく。楽屋の方も出演者が次々と到着され準備万全。

二番太鼓から定刻の六時半、祈が入って、石段の出囃子に乗ってトップバッターの
林家一門から
林家竹丸師が登場。
「えー、まず『ざしきわらし』の出来損のようなのが出て参りまして・・・・」
・・・落語基礎知識(現在の貨幣価値に置き換えると)・・・・・・・・
  今回は多くのお金の単位が出てきた。一概に言えないのだが、今の貨幣価値に置き換えてみたい。
江戸時代のお金の単位は複雑で、金本位の一両=四分=十六朱の単位と、銀本位の一貫=千文となり、千文=一分=四朱=四分の一両となる。
これをベースにして、一両=八万円とすると、一文は二十円となる。
『高津の富』千両の一番くじは、八千万円。高額である。
しかし、富くじ一枚が一分なのでこちらは二万円。これは文句なく高い。
『もぎどり』の見せ物の入場料は八文で百六十十円。ちなみにうどんは十六文なので三百二十円。
『風の神送り』のお手かけさんの一分(二万円)は高額な寄付金と言え、けちな十一屋さんの二文(四十円)なので若い衆が怒るのも無理のない処。
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と、独特の風貌で笑いを取ってスタート。
 さっそく、本題へ入る。『東の旅は伊勢参宮神の賑わいからもぎどり』の一席。なんとも長い名前。
喜六清八のお馴染みの二人の男が伊勢参宮の途中の所の氏神さんの白髭大明神の六十一年目の屋根替えの正遷宮(しょ〜せんぐぅ)に出くわし、怪しげな見世物小屋を見て廻り騙される。
『軽業』や『軽業講釈』に続く噺の発端の部分を師匠からの口伝をキッチリと演じた十二分の高座で
あった。

 二つ目は、笑福亭一門から六代目松鶴師匠の末弟、
笑福亭鶴二師。
カブリで登場される梅團治師との「須磨寺落語会」で長年腕を磨いておられる師。

今回もおお張り切りで楽屋入り。
『独楽』の出囃子でフライング気味(お茶子さんと高座で遭遇)に登場すると会場は爆笑に。
「もう、早よう出たかったんで、早よう出てきたんです・・」と、照れくさそうにあいさつし、「えー、秋と言えば、学校寄席に行ってきまして、先生の理解力不足には困ったもので、『犬の目』やと薬事法違反、『動物園』はインチキの詐欺みたいでダメ、しゃないから『時うどん』やと無銭飲食・・・
と、やれませんで・・・」と爆笑マクラ。
 そして、スッと始まった本題は『けいこ屋』の一席。
この噺、『色事根問』から入ると半時間近くある噺だが、前半をズバッとカットして、四芸(しげい)のみからけいこ屋へと噺が進展する。お囃子に乗っての、小川市松師匠のけいこ模様は一人の男の乱入によって爆笑の連続。十七分のテンポの良い高座であった。

 そして、三つ目は文珍一門の総領弟子、
桂楽珍師。
南国徳之島から師匠に弟子入りして早、四半世紀。独特の芸風に益々、磨きがかかり、今回も一年半ぶりの出演となった。
『ワイド節』の軽妙な出囃子で登場し、自身の独演会の話題をマクラ。
生まれ故郷の徳之島で毎年開催されるのであるが、ゲストとして文珍・鶴瓶、文珍・南光、三枝・文珍の各師匠が脇を固めるのであるから凄い。
「私の独演会なのですが、一番必要ないのが私で・・・」とのマクラから始まった演題は『宿替え』。
この噺も東西でポピュラーな噺(東京では『粗忽の釘』)で、クスグリも随所に入っている。その噺に自身の芸風をプラスして会場を大爆笑に巻き込む。秀作。二十七分の高座であった。

中トリは米朝一門から
桂米二師匠に飾って頂きます。
師匠直伝の上方落語の大物を数多く持ちネタにされている師匠と出番前に談笑する。
 今回も期待の中、『八千代』の出囃子で登場。
「えー風邪が流行っておりまして・・」と始まった演題は『風の神送り』。

小 生「ありがとうございます。今回も中トリでタップリと」
米二師「今日は『風の神送り』を演(や)ろと思てます。ネタ帳を繰って見る出てないし」
小 生「恋雅亭では一回も出てません」
米二師「色々と判からん部分も多いですけど、師匠に習った通りやってますねん」
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この噺、米朝師匠が復活口演された噺で、古き良き時代の風習が色濃く残っている。
無理に今様に変えとようとすると無理が生じるし、変えようのない部分が多い噺である。
米二師匠は判りにくい部分を承知であえて変えずに演じる。半時間に及ぶ好演であった。
 現在では判りにくくなった言葉も数多く出てくる。
ケッタイ(妙な)、ホンに(ホンマに)、エゲツナイ(濃厚な)、ノラクラ(なまけて遊んでいること)、しゃ〜ない(しかたがない)、かなん(適わない)、ほんだら(ソォシタラ)、ぎょうさん(たくさん)、まどう(弁償する)、どんならん(どうにもならない)、難儀(困難)、照らす(照れくさい思いをさせること)、シワイ(ケチ)、握り(ケチなこと)、ぬかす(ほざく)、顔が立つ(名誉が保たれること)、あっちゃこっちゃ(あべこべ)、べんちゃら(世辞)。
 さらに、疱瘡(ほうそう)、サンダラボッチ、用心カゴ、矢立(やたて)、初筆(しょふで)、サクラ、
トクサ、湯巻、しらみ紐、灰吹き、褄持つ人、シッポク、五貫からげ、ゴモク、など。

 中入りカブリは、春團治一門から
桂梅團治師。
『龍神』の出囃子で登場。場内からはクスクスと笑い声。理由は大きな紋。「えー、ついに私も恋雅亭でこんな場所(中入り後・カブリ)に出るようになりました。最初に師匠(三代目春団治)のカバン持ってここへ着た時、楽屋で鶴瓶師匠に『早う日本一の噺家になりや』言われました。今だにダメですけど・・」と、嬉しそうなマクラ。
「私、いっつもマクラでよけいなことを言い過ぎますねん。今日は言わんとを言い過ぎますねん。今日は言わんとと思いましたが、ちょっとだけ・・」と、軽くマクラを振って始まった演題は、小佐田定雄作『長屋浪士』。
 時は落語の文化華やかなりし江戸時代。長屋に住む赤穂浪士らしき兄弟を巡って大騒ぎが巻き起こる。原作、演じ手の息もピッタリな作品であるので悪かろうはずがない。
場内大爆笑の二十二分であった。

 そして今回のトリは笑福亭の重鎮、
笑福亭呂鶴師匠。
笑福亭のお家芸を中心に多くの演題をお持ちの師匠ですので、今回は何が飛び出すか? 
『小鍛治』の出囃子でユッタリと間を取って高座へ。小拍子をチョンと鳴らして出囃子を止める。
「えー、私、もう一席でお開きでございまして・・」あいさつし、スッと本題に入る。師匠、松鶴十八番の『高津の富』である。
 数多くの師匠の名演を直に見、口伝された師匠であるので悪かろうはずがない。発端からサゲまで半時間。一文無しの男の口から出任せのホラ、二番籤を狙う男の惚気(のろけ)話そして、千両富が当たった瞬間の瞬間と随所に山がある名演であった。
 ちなみに、舞台の高津(こうづ)神社は、大阪市中央区高津1丁目。松屋町筋下寺町交差点と谷町筋谷九交差点の間を少し北に入った所に現存。
 【高津さんへはどう行ったらいいですか? こーづーと行きなはれ。】
二番籤の彼女の年齢はテンナラ(22歳)、当たったお金を入れる浜縮緬を買いに行くのが、神戸にもある大丸=大丸百貨店。心斎橋の大丸は1728年創業である。
 会場を後にされる多くのお客様から大満足な感想を述べられた。
(叶大入)