第310回 公演の記録 吉村 高也 |
公演日時: 平成16年 6月10日(木) 午後6時30分開演 出演者 演目 桂 かい枝「時うどん」 月亭 遊 方「爆走ドライブ〜彼女を乗せて〜」 桂 春 雨「けいこ屋」 笑福亭 呂 鶴「饅頭怖い」 中入 桂 都 丸「一人酒盛」 月亭 八 方「軒付け」(主任) 打出し 21時20分 お囃子 林家和女 勝 正子 手伝い 笑福亭喬若、鉄瓶、呂竹(順不同) |
めっきり梅雨の気配濃厚となった6月10日。当日は早くから多くのお客様が列を作られる。その列が本通りにまで達した5時半に開場。次々とご入場されるお客様で席はどんどん埋まっていく。6時過ぎには、ついに立見発生の可能性が出る。急遽、風月堂様にお願いしてパイプ椅子を借用して最後列に並べ立見を防ぐ。 開演時間ギリギリで準備完了となり、6月公演の幕が開く。 林家和女、勝正子嬢の二挺の三味線と笛を笑福亭喬若、太鼓を笑福亭呂竹、鉄瓶、鐘を桂春雨の各師が受け持ち、『石段』の出囃子に乗って登場は、文枝一門からキャリア10年で当席とは相思相愛となる桂かい枝師。 今回、初の出演が決定して、本人も同人会も大張り切りです。早くから楽屋入りされて意欲満々。 「えー、まずは私、桂かい枝から・・・・。ここは憧れていた舞台でして、こちらに向かって歩いて来ますと寄席囃子が聞こえてくる、出演者の提灯の明かりが見えてくる。雰囲気満点でございます。私の分は間に合ってなかったとみえて紙で張ってありましたが・・・・(場内・爆笑)。」とツカミの話題。 爆笑マクラを振った後、始まった演題は『時うどん』の一席。この噺は前座噺の定番としてお耳慣れした噺であり、ほとんどのお客様がご存知な、ある意味しい噺である。 かい枝師の特徴は一言で言えば「明るくて元気」。特に、うどんを食べるクダリでは、「長いうどん」「普通のうどん」「短いうどん」と演じ分ける。これには場内大爆笑。乗って、乗って演じた演題は18分の大爆笑編であった。 ・・・・・高座を努められたかい枝師と談笑・・・・・・・・ 小 生「お疲れ様でした。提灯すみません」 かい枝師「ネタに使こたら、もっと受けるかと思たんですが、今一でしたなぁ」 小 生「今日は新しいお客様も多いんですが・・・・」 かい枝師「ここのお客様は以前から思てましたけど、よう笑ろてくれはりますけど、怖いところもありますねん。 今日もそうでしたわ。『時うどん』なんかよう聞いてはりますねん。私の演じ方はちょっとハデですけど」 小 生「また、お願いします」 かい枝師「是非、お願いします。今度は鶴瓶師匠に『子はかすがい』付けてもらおうと思もてますねん」 ・その、かい枝師は、平成6年6月に五代目桂文枝師匠に入門(師匠の前に土下座して入門祈願。もっとも、下が絨毯じきを事前確認だったそうであるが)。入門後は上方古典落語はもとより、1998年より英語落語海外公演をアメリカや世界各地で百を超える公演を成功させ、その語学力を生かして大阪で英語落語教室の講師をつとめるなど、英語落語の普及にも奮闘中で、さらに、ABCラジオ「歌謡大全集」、MBSラジオのレギュラーをこなされている。その勉強振りを証明するように、平成14年に、「第39回なにわ芸術祭落語部門新人奨励賞」、昨年は「第40回なにわ芸術祭落語部門最優秀新人賞」「大阪府知事賞」「大阪市長賞」「大阪文化祭賞奨励賞」など数多くの賞を受賞されておられます。 二つ目は、トリの八方一門から、当席常連の月亭遊方師。 『岩見』の出囃子で登場すると、さっそく世間話風の軽い乗りのマクラが始まる。明るく、人懐っこい高座が持ち味の師の繰り出すマクラは独自の視点で、現代的感覚でポップに日常を語る。 そして、自身の創作となる『絶叫ドライブ〜彼女を乗せて〜』が始まる。 過去、『ペンギン・ア・ゴーゴー』『飯店エキサイティング』『葬マッチ・トラブル』『スクールバスターズ』『奇跡のラッキーカムカム』『ゴーイング見合いウェイ』などを熱演されているが、今回も例外ではなく、最初からエンジン全開。彼女との初ドライブを楽しむ主人公だが、いかんせん運転技術が未熟。数々の危ない目にあう度に会場から爆笑が起こる。28分の高座は主人公も演者も、そして、笑い疲れたお客様も絶叫であった。 三つ目は、春團治一門から、「上方落語界の貴公子」桂春雨師匠が、芸名と同名の『春雨』に乗って登場。 出る前に「舞台暑そうですわ。今日はもう絽の着物にしてきたらよかった」と一言。本日は荒くて太い縦じまの粋な着物である。その着物を見た呂鶴師匠から「よっーーー。東京の粋な噺家」とひやかしの声がかかる。高座の春雨師匠は、「えー、皆様、今のような落語はお好みですございますか? それによっては作戦を変えていかないといけませんので、普通にやったらいけないのでしょうか? アグレジブルな。あんなの私は出来ません、なにしろ、病弱な芸風でございますから」と、肺に水が溜まった話題で笑いを誘って、「お囃子のお師匠はんも二挺三味線ありますので、お囃子のタップリ入ったお噺を申し上げます」と始まった演題はイメージピッタリの『けいこ屋』の一席。
『色事根問』から入って25分、お囃子との息もピッタリの名演であった。 中トリは笑福亭呂鶴師匠。早くから楽屋入りして楽屋で談笑。(都丸師匠とはざこば一門の上方落語協会復の裏取引人事?の笑い話も飛び出した) 見台と膝かくし、それと白湯を舞台に用意させ、『小鍛冶』の出囃子に乗ってゆっくりと登場した呂鶴師匠。貫禄充分である。軽く小拍子を叩き出囃子を止めてゆっくりと語りだす。
体重が異常に増え、入門当時(六代目の物まねは大受け)から20キロ以上も増加し歩いていることから、本日の演題は師匠直伝の十八番の『饅頭怖い』。六代目直伝の噺をタップリ半時間。好きと嫌い、狐に騙されるクダリ、そして、饅頭怖いと展開していく。全編爆笑の連続であるが、特に師匠独自の工夫のクスグリは天井が落ちそうな笑いであった。
中入り後は、ざこば一門から桂都丸師匠。各地の落語会で絶好調の師匠。当席でも過去の高座は爆笑上方落語のオンパレードで、当然、今回も熱演が期待。『猫じゃ猫じゃ』の軽快な出囃子で登場する。 マクラは、ざこば師匠の負けん気を例にとって人間の性格の話題で笑いを誘い、酒の噺と断って小噺から、『一人酒盛』がスタート。どの噺にも演じるポイントはあるものであるが、この噺は、家の中に何がどこにあるかということを、自分の頭の中にしっかりと絵を描がいて演じなければならないそうである。都丸師匠も、まさしくその通りで、キッチリと演じる。27分の高座は練りに練った演出、名演であった。
トリは月亭八方師匠。大の阪神ファンの師匠は阪神快進撃と同様、絶好調と、会報でご紹介したが、異変が? (阪神下位低迷)。高座へ登場すると、「えー、もう一席で・・・みんなが熱気で高座暑いでっせと言いますねん。一生懸命やるからや・・・。(笑)・・・・阪神がえらいことになってきまして・・・・」と、八方ワールドが始まる。 これが、面白い。また、「今年の優勝は絶対巨人でないとあかん!」と、独自の理論を披露する(会場も同意なのか拍手喝采)。「東京VS大阪」「大阪の独自性」から、「大阪特有の芸能」を「落語、漫才、文楽、そして、浄瑠璃ですな・・・。この辺からネタにスッと入っていきますねん・・・・。」と本日の演題の『軒付け』が始まる。 前回、師匠は当席で平成10年9月の第241回公演で演じられておられる。 登場人物も場面転換多く、難しい噺であるが師匠の手の内の自信の一席とあって、発端からサゲまでキッチリと、また楽しむように演じられる。半時間超の口演はお客様の拍手で無事、お開きになった。 ・・・・・楽屋よもやま噺・・・ 『一人酒盛』と『軒付け』について・・・・・・ 現在上方で演じられている『一人酒盛』という噺には大きく2種類ある。 ひとつは本日都丸師匠によって演じられた演出方法。これは、米朝師匠が先輩の型を参考に今日の形に仕上げたもので、転宅して来たばかりの男が、壁紙を貼っていて両手がふさがっているところへ近所の友だちが訪ねてくる。すぐすむから、一緒に一杯やろうと言って、いろいろ手伝わせ、酒の燗の段取りまで皆させ、自分が全部飲んでしまう。都丸師匠からは伺っていないが、演出の感じから枝雀師匠からの口伝ではないだろうか? と感じた。 もうひとつは、東京の故三遊亭円生師匠が確立された、良い酒があるからお前と一緒に飲みたいと、わざわざ友人を呼んでおいて、いろいろ用事をさせみせびらかすように自分一人で飲んでしまう演出で、上方では故六代目松鶴師匠から多くの噺家諸師 に伝わっている。『軒付け』。 この噺は、故橘ノ円都師匠から米朝師匠が口伝されて現在の型に復活 したもので、それを孫弟子にあたる八方師匠が受け継いで演じておられるもの。夜の人通りの絶えた町を歩き、他人様の軒下、門口に立って浄瑠璃を語る。好きな浄瑠璃修行とはいえこの風習も、円都師匠によると「話には聞いたが実際にやっている人はなかったように思う」とのことであり、明治二十年代までの風習ではないだろうか。
上方で浄瑠璃といえば義太夫節のことであり、大層な芸で、一度のめり込んだら、やめられない。しばしば他人様に御迷惑をかける。落語の『寝床』が有名。これを集団で実行するのだからすさまじいものであっただろう。 この噺は、一口ではあるが、「忠臣蔵五段目」「寺小屋」「妹背山」「鎌倉三代記」「朝顔日記」を語るのだから
演者にも幾分かの素養が必要となる難しい噺ではないだろうか。 |