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       第288回の記録                                   吉村 高也
       公演日時: 平成14年 8月10日(土) 午後6時30分開演  

             出演者             演目

         桂    こけ枝  「始末の極意」
         笑福亭 達 瓶  「狸の賽」
          桂    雀 松  「たいこ腹」
         桂    文 枝  「三十石」 
            中入
         露の   都      「眼鏡屋盗人」
    主任    笑福亭 呂 鶴  「饅頭怖い」


暑い暑い、2002年の8月10日に『第288回恋雅亭』は開催された。

「二八(にっぱち)」のジンクスもどこ吹く風と、お客様の出足は好調。五時十五分には列は一階の売り場まで溢れる。定刻の五時半をやや早めて開場。列を作られた多くの熱心なお客様が、会場へ吸い込まれる様にご入場され次々に思い思いの席へ。場内は次第に埋まっていく。

  一番太鼓、二番太鼓(着到)が鳴り定刻の六時半に開演。そのころには会場は、ほぼ一杯の入り。

  その公演のトップは、文枝一門から当席は2度目の出演となる桂こけ枝師。「えー、トップは私、そこに書いて頂いておりますが『こけ枝』と申します。こう見えましても若手でございまして・・・・」と自己紹介。トップらしく、マクラもそこそこに本題へ。当席では珍しい演題となった『始末の極意』である(平成11年7月の251回公演で桂ざこば師匠が演んじられて以来3年ぶり)。愛嬌タップリに演じる噺は、出来の良さも手伝ってツボツボで笑いが起こる。中間を大きくカットして、始末の極意を習いに来て、サゲまで、17分の高座は本人の謙虚な感想とは違い秀作であった。

  【演じ終わっての感想】

「この噺は、大学の落研時代、先代文我師匠を手本に覚えました。プロになって、うちの師匠は演(や)りはりまへんけど、きっちり、教わり、直してもらって自分のものにしました。ここ(恋雅亭)ではネタ帳見て、珍しいと思ってやりましたが、ここのお客さんは、よう知ってはる方、ばっかりやでっさかい笑ろてもらえまへんなぁ」。 

 二つ目は鶴瓶一門から笑福亭達瓶師。先月の純瓶師同様、一門のイメージとはちょっと違って落語へ対する取り組みは実に真面目。恋雅亭への出演を心待ちにされての出演となった。楽屋に向かって、大声で「お願いします」と挨拶し、元気一杯高座へ登場。現代感覚一杯の若者が着物を着て、元気一杯に座布団に座ると、場内の女性から拍手が起こる。

  「えー、続いて出て参りました、さっきのこけ枝さんより先輩でございまして、えー、頼んなく見えますが・・・・」と、現代風ののマクラが始まる。『暑い夏を涼しく過ごす方法』『低脂肪牛乳を濃厚にする方法』と乗り乗り。そして、「今までの噺とは、全然関係有りませんが・・・」始まった本題は、前座噺の定番『狸の賽』。全編元気一杯熱演の高座は、やや現代口調ではあったが、場内は「可愛い息子を優しく見守る」といった印象。汗一杯の22分の熱演であった(やや、長かったか?)。

 三つ目は枝雀一門・神戸出身で、古典・創作落語の両刀使い。当席期待の本格派でのお馴染みの桂雀松師。今回も数多いネタの中から「舌によりをかけて」の熱演を期待の中、客席全体の拍手に迎えられ登場。「えー、暑いですなぁ。今日も体温の方が涼しいでっせ。私の基礎体温・・・違う、違う、平熱は低い方で35度代で、体をくっつけて抱き合ってる方が涼しい・・・、今日でしたら、25歳までの女性のみ、受付ております。(絶妙の間で)ええぃ、30まで。(場内爆笑)そして、マクラもそこそこに本題へ入る。

本日の演題は、幇間持ちの悲運を軽妙に描いた、『たいこ腹』の一席。雀松師の軽いタッチでトントンと演じる高座に場内も大満足。随所、随所で爆笑が起こる。この会全体での自分の位置付けと、進行状況(3席で1時間弱)をよく考えての20分弱の高座であった。

  中トリは上方落語界の四天王・桂文枝師匠。ここではもう説明のないところで、今回も上方落語の大ネタを披露してくれると会場全体が期待の中、『郭丹前』が鳴る。楽屋へ軽くあいさつし、楽屋全員からの「ご苦労様です」の声に送られて、ゆったりと姿を見せる。  

 「えー、暑いこってすなぁ。この間も避暑を兼ねて盛岡へ『ねぶた』見に行って来ましたが、行ってる間は良かったんですが、帰って来たら、やっぱり暑いわ」と挨拶代わりの笑いを誘って、「昔の旅と申しますと・・ ・」と始まった噺は、初代文枝師匠が百両の質に入れたと逸話の残る『三十石夢の通い路』。 この噺は、師匠ご自身も、「五代目文枝襲名披露神戸公演(平成4年8月・神戸文化中ホール)で演んじられた思い入れの一席。ちなみに、この公演の披露口上は東京から、柳家小さん、古今亭志ん朝、三笑亭夢楽の三師匠。上方からは、桂米朝、桂春團治、笑福亭仁鶴の三師匠がズラリ並んだ豪華版であった。

  「お伊勢詣りを済ませました喜六、清八の二人、やってまいりましたのは京都三条・・・」と京名所から始まる。お馴染みの伏見の浜まで、15分とタップリかけた口演は会場の皆様にも、お耳新しい処で最後列で聞いていた小生にも伝わった会場全体が前のめりとなる様な反応。そして、伏見の宿屋、船の出、船中のやりとりと続く。お囃子が流れる合間に横に置いてあった白湯で喉を潤し、船唄が・・・。

♪やれ〜〜伏見 中書島なぁ〜 泥島なぁれどよぉ〜(よ〜〜い) 

  なぜに 撞木(しゅもく)まちゃ薮の中よ(やれさよいよいよ〜〜い)

♪やれ〜〜淀の中にもなぁ〜 過ぎたるものはよぉ〜(よ〜〜い) 

  お城櫓(やぐら)とな 水車よ (やれさよいよい よ〜〜い)

♪やれ〜〜二度はうらかべなぁ 三度はなぁ〜じみよ(よ〜〜い) 

  淀の車がな クルク〜〜ルとよ〜〜(やれさよいよい よ〜〜い)

♪やれ〜〜奈良の大仏さんをな 横抱きに抱いてよ (よ〜〜い)

お乳飲ませたおんばさんがどんな大きなおんばさんか

  一度対面がしてみ〜たいよ  (やれさよいよい よ〜〜い)

  下座の合いの手は、一門のつく枝、こけ枝、かい枝の三師が努める。

  そして、扇子を船に見立てて、

♪やれ〜〜ここはどこじゃとなぁ 船頭衆に問ぉえばよ(よ〜〜い)

  ここは枚方な 鍵屋浦よ  (やれさよいよい よ〜〜い)  

「水の流れに沿いまして八軒家へ着きます。三十石は夢の通い路でございます」と、38分に及ぶ名演で、中入りとなった。「お疲れさまでした」「来年の記念公演もよろしくお願いします」の声に、「よっしゃ」と応えられ、つく枝師の運転する車で帰路に就かれた文枝師匠であった。

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   楽屋よもやま噺  当席での『三十石』(敬称:略 口演順)

 ・昭和54年 2月・第 11回公演   笑福亭松之助     演

 ・昭和54年  9月・第  18回公演       小文枝(現文枝)演

 ・昭和55年  2月・第  23回公演   笑福亭鶴 三(現松喬)演

 ・昭和63年  5月・第122回公演   林家  染 二(現染丸)演

 ・平成 1年 4月・第132回公演   笑福亭松之助      

 ・平成 3年  5月・第157回公演   林家  染 二(現染丸)演

 ・平成 3年  7月・第159回公演   笑福亭松 喬     演

 ・平成 5年  5月・第181回公演   林家  染 丸     演

 ・平成 6年12月・第200回公演   林家  染 丸         

 ・平成10年 5月・第237回公演   桂  文 我     演

 ・平成14年 8月・第288回公演   桂  文 枝         

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  中入り後は、五郎一門の女流噺家露の都嬢。今回は八月とあって師匠譲りの怪談噺か、夏向きの滑稽噺かと紹介したが、ご主人とご一緒に来演された師匠。高座とネタ帳と時間を確認され、「『眼鏡屋盗人』演(や)らしてもらいます」とトリの呂鶴師匠に断って『都囃子』に乗って高座へ。

 「えー、都でございます。暑いこってございますね・・・」。と始まった都ワールド。女性ならではの下着の話題には、会場の女性客から共感の笑いが起こる 。自身も反応を楽しんだ後は、スッと本題に入る。

今日の演題は五郎師匠直伝の『眼鏡屋盗人』。ちょっと、つまった箇所もあったが、小粋な噺をトントンと演じ、トリの呂鶴師匠へバトンタッチ。

 『小鍛冶』の出囃子に乗ってドッシリと登場の師匠。当席でのトリも今回で三度目。過去は『牛ほめ』『延陽伯』『近日息子』『植木屋娘』と期待を裏切らない熱演をされている師匠、今回は?。「えー、当席は六席でございます。今のさんでお開きにすればよいのですが、ここは出口が1ヶ所しかございません。私の間に帰っていただければお怪我がないかと・・・。もし、よろしければ私の方もおつき合いをお願いいたしておきます」とあいさつし、さっそく本題の『饅頭怖い』へ

  この噺、師匠である六代目松鶴師匠の十八番であり、上方落語の大物。直伝であるので悪かろうはずがない。 実は師匠の演題は直前まで決まっていなかったのである。7月の『おそばと落語の会』にお邪魔した時、師匠から「吉っしゃん、過去1年のネタ教えてえなぁ。今度トリやからなぁ」。小生がネタ一覧を渡しながら「『饅頭怖い』なんかどうですか?」とあつかましくもリクエストしたのであるが、笑いながらまんざらでもなかった様子であった。

 楽屋入りした師匠に、「決まりましたか?」と聞いてみると、「まだや」との返事。

弟子の呂竹師に「お茶買うてきて」と言いながらもトリの重責にやる気ムンムン。楽屋中にその緊張感が伝わる。おそらく、決まったのは嬢のネタが決まってからであろう。

 その『饅頭怖い』は、六代目師匠の口伝を土台にし、松本さんの嫌いなものは、ぞうさんであったり、ゴーフルをフリスビーの様に投げこんだり、鯛焼きを買ってきたりと自身の工夫の入った噺に場内は大爆笑。この噺は、大きく『好きと嫌い』『狐に騙される』『怪談(じたじた)』3つに分かれ、通して演じると40分以上の大作だが、終演時間を考慮された師匠は怪談の部分を全編カットしての30分の口演。

  サゲと共に。「ありがとうございました。ごゆっくりとお帰り下さい」とお客様を送り出す姿や、「お疲れさま」と弟子を連れ、会場を後にされる姿は、上方落語界の重鎮の風格であった。

  (8月10日・9時5分   打ち出し)