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       第281回 公演の記録           吉村 高也
       公演日時: 平成14年 1月10日(木) 午後6時30分開演  

             出演者             演目

         林家    染  弥    「ふぐ鍋」
         桂     坊  枝    「火焔太鼓」
         笑福亭  小つる     「初天神」
         桂      春團冶    「親子茶屋」


             中入
         桂      都   丸    「向う付け」   
   (主任)   林家    染   丸   「宿屋仇」

 2002年の二の月十日に『恋雅亭・如月公演』が、寒さが身に凍みる、二月十日の日曜日に開催された。

  一月下旬から新聞各紙に掲載される都度、電話での問い合わせと前売券の売れ行きが伸びるという最高に近い前評判(前売券は八十枚を超えた)。

 さらに、当日は比較的良い天気にも恵まれ、お客様の出足も好調。最初にご来場されたお客様は四時過ぎ。五時を過ぎるあたりから次々と列が長くなり予定を五分早めて五時二十五分に開場する。

 列を作られた多くの熱心なお客様が会場へ吸い込まれる様にご入場され次々に思い思いの席へ。場内は次第に埋まっていく。

 そして、会場一杯並べた椅子も詰まり、最後列に長椅子を並べるが、それも遂に満席。立ち見となってしまう。その後も「立ち見でもええで!」「せっかく来たのにえっ立ち見?」とのお客様が後を絶たない。

そして、定刻の六時半、開演を迎える。

  その大入公演のトップを飾るのは、福團治一門から桂福矢師。一昨年の『福三改め二代目森乃福郎襲名披露公演』以来二度目の出演である。先月号で、師匠の教育と独特のキャラで落語に邁進する姿は一門・当席の有望株と紹介したが、出番前の福矢師は、ガチガチの超緊張状態。

「いやぁ、緊張しますわ。大入りでっか。ここのお客様は良(え)えし。」

  『石段』の出囃子で高座へ登場した福矢師「えー、一杯のお客様でありがとうございます。昔は二時間を一刻・・・」

 自身の高座での落ち着きの意味でも多少マクラを振って笑いを採ってはとの楽屋雀の感想が聞こえなかったのか、さっそく『時うどん』が始まる。

  噺はトントンと進むがイマイチ客席の反応が悪い。そして、最悪であるがサゲを間違って十二分の高座が終わってしまう。期待していただけに残念である。

 二つ目は松喬一門の総領弟子。ラジオDJとしても大活躍で、かつ落語会へも数多く出演されている「三ちゃん」ではなく、弟子もいる笑福亭三喬師匠。

 今回もその爆笑落語を期待するお客様の大喝采に迎えられ高座へ登場。「えー、えらい『時うどん』でございまして、今からが、本日の始まりでございます・・・」との一言で場内は待っていたように大爆笑が起こる。世間話風に客席に語りかける高座は早くも演者と客席の一体感が生まれる。「雪印の問題もえらいこってっせ。何を信用してええんか解りません。ただ、落語を知ってる人は困りませんで・・・」

 意味深な言葉で客席に謎をかけて、「何も信用できないから、食べ物も自分で全部自己調達・・・。米も牛もねぇ。仔牛から育ててね。けど、普通の人はどんな牛がええ牛か解りません。その点落語を聞いてる人は解ります『天角・地目・一黒・・・』解りますねぇ。

落語は嘘を言いません」との謎解きマクラに場内は爆笑。

  そして、「実は今日は二つの噺を用意してまして『始末の極意』と『ぜんざい公社』と・・」とお客様にリクエストを採る。場内からは「『ぜんざい公社』やってアンコールに『始末の極意』」との声も飛ぶ。

  うれしそうに「それでは」と『ぜんざい公社』が始まる。これが、実に面白い。この噺、昭和初期に作られた『改良善哉』を今の形にまとめたのは笑福亭松之助師匠とされている。

他に当席ご出演の文紅師匠や、文枝鶴光、春之輔、きん枝、文珍の各師匠連が演じられている。

  しかし、この噺で群を抜いているのは故人になられた桂春蝶師匠であろう。あの風貌と甲高い声で演じられる噺は爆笑の連続であった。当席でも四回と数多く演じられているのでご存じの方も多いはずである。

三喬師匠のそれは、春蝶師匠の名演に勝る出来と言っても過言ではなく、「田中外務大臣が更迭された」とのクスグリも出る、時代設定はまさしく現代。自身の工夫がタップリ入った、師匠のイメージにピッタリな爆笑噺であった。

  次はもっと奥でもっと大きな噺を聴かせて欲しい二十分の高座であった。

 三つ目はざこば一門から桂喜丸師匠。ざこば師匠譲り明るい芸風と愛く  しい笑顔で演じる落語はバツグンである。楽屋へ「『おごろもち盗人』勉強させてもらいます」と挨拶し、飛び出すように元気良く高座へ。

  盗人のマクラを二、三、振っての本題は『おごろもち盗人(もぐ泥)』。師匠がこの噺を演じるのは平成六年十二月の『200回記念公演』以来七年ぶり。この噺が当席で演じられるのも七年ぶりとなる。 お客様もよくご存じのまさしく喜丸十八番である。

  見る落語であるこの噺。場面転換も多く、登場人物の心の動きが笑いを誘うので、ある意味難しい噺である。ツボにはまると爆笑を誘う噺である。

 その噺を見台をうまく使って、身振り手振りで演じる噺に場内は爆笑の連続。自身も大満足であったことを容易に想像出来る、三十分の高座であった。

  そして、中トリの米朝一門。上方落語界の実力派である桂吉朝師匠の出を迎える。

  昨年末の『上方お笑い大賞』を受賞した実力は皆様もよくご存じの処で、今回は中トリとしての出演。会場全体が華やかになる円熟の芸を期待の満員の客席からの大喝采でゆっくり高座へ登場。

「えー、私で中入りでございます。世の中には色々な性格の方がいらっしゃいますが、・・・。

我が一門でもそうで・・・」と一門の意見の違いでもめる話題で笑いをとる。もう会場は吉朝ワールドである。

  そして、本日の演題は『天災』。東京ではポピュラーなこの噺を上方に定着させたのは、桂ざこば師匠。

 それをベースにさらに上方色を強めるべく、場所は勿論、神学の先生の名前も変えて演じられる。さらに、イメージが主人公に近い、ざこば師匠の演出とは若干違う、神学の先生をも彷彿とさせる吉朝師匠の演出と達者な話術に場内は爆笑の連続。

 あっという間の二十五分。平成8年8月の第216回公演以来の再演。名演・好演の『天災』であった。

 中入後は、桂小春團治師匠です。「師匠譲りの古典だけでなく創作でもバツグン。演者自身もタップリ楽しんでの高座は皆様方も多いに満足されることでしょう」と紹介した通り、客席には出を待っておられた多くのお客様が師匠の出を拍手で迎える(会場には外国人の姿も)。

早速、海外の話題からマクラが始まる。これが実に面白い。演題を付けるとすると『小春團治のネパール爆笑記』といったところである。そして、色々な外国人を題材にしたマクラが続き、始まった本題は、商店街が外国人によって運営されたらどうなるかをテーマにした爆笑創作落語『多国籍商店街』が始まる。

 全編、自身の工夫が満載された爆笑話であった。紙面の関係でクスグリが書ききれないので省略するが、再演を希望したい。

  さて、『如月公演』のトリは、桂文紅師匠。昨年崩されていた体調も元に戻り、「ますます、面白さを増した」と楽屋雀の評判。今回は久々のトリとあってそれに相応しい演題を楽しみにされていたのは小生だけではあるまい。

  お馴染みの『おかねざらし』に乗ってゆっくり、ゆっくり高座へ登場した文紅師匠。「えー、私、もう一席でお開きでございまして、どうぞ、しばらくの間、おつき合いをお願い致しておきます」とあいさつして、昔の想い出を淡々とのんびりとゆったり語り始める。

戦前の田舎の風景、秋の夜長の過ごし方、貰い風呂、風呂屋、そして床屋へとマクラは続いて『浮世床』が始まる。

  東京では寄席の噺の定番であるこの噺であるが、上方では比較的珍しい噺といえる。講釈本を読む、将棋を指す、暇つぶしをする、以前の床屋では日常茶飯事に行われていたことを落語チックに、そして、のんびりと演じる文紅師匠の高座に場内からは「クスクス」と笑いが絶えない。それが師匠の声のテンションが変わると「爆笑」に変わり、又、「クスクス」と笑いが続くという三十分を超える熱演であった。

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   **楽屋よもやま噺  (文紅師匠に落語を伺う)

小 生「お早うございます。本日は大入り。ありがとうございます」

文紅師「こっちこそ、おおきに。こないして長ごうお世話願って、助かってまっせ」

小 生「師匠、もうお体は・・・?」

文紅師「ご心配かけまして、もうすっかり良くなりましてん。昨年は二回も入院しまして

ん。最初は・・・」

  と、体の状態、病状などをこと細まかに説明を頂いたが、紙面とプライバシーの観点からカット。

小 生「師匠は沢山、噺を持ってはりますが、百五十以上は?」

文紅師「百五十。そら無理や。ないわ。今までに演(や)った数やったらあるやろけど。

一度やって後、捨てた噺も多いしなぁ」

小 生「師匠(文團治)もネタ数は多かったでしょうが、余り残ってないですねぇ」

文紅師「君は、何を聴いた?」

小 生「『初天神』『寝床』『いかけ屋』『寝床』『らくだ』・・」

文紅師「『帯久』『船弁慶』それに『肝つぶし』。今並べたのはみな朝日の音(ABC上方落

語を聞く会)やで、けど、師匠の噺で一遍、演(や)ってみたいのは『古手買い』

や。難しい噺やけど。挑戦するで」

小 生「師匠からは仰山付けてもらいはったんですか?」

文紅師「うちの師匠から一番付けてもろてるのは三代目(春團治)はんや。『高尾』『宇治

の柴船』『いかけ屋』なんか、みんなうちの師匠からやで」

文紅師「付けてもろたけど、うちの師匠の覚えにくいんや。一遍、ノートに書いてみてみ。

登場人物の一人が喋ってる言葉が短いねん。ぽんぽん変わるねん。これ、以外と

覚えにくい」

小 生「なるほど」

文紅師「年を取ってくると新しいやり方やのおて、師匠に付けてもろた通り、師匠のやっ

てはった通りにやってみよと思てんねんキッチリした土台があるからねぇ、師匠

のは。もっともうちの師匠もルール違反のやり方もあったけど、」

小 生「ルール違反?」

文紅師「たとえばなぁ、『兵庫船』の後に急に『煮売屋』に入ったりしたりしはんねん。こ

れは、あんまりええこっちゃないんやけど。師匠やから許されたんやど。けど、『手

水廻し』なんか、発端から『貝野村』としてキッチリと演(や)ってはった。私

も、最近『瘤弁慶』なんかを久々にやったけど、これなんか、もっと語り込まん

とな・・・。」

  今回は、長時間にわたってお話をさせていただいたが、もっと伺っておきたかった。ちょっと贅沢な経験であった。