第279回 公演の記録 吉村 高也 |
公演日時: 平成13年 11月10日(土) 午後6時30分開演 出演者 演目 林家 染 雀 「金明竹」 桂 春 雨 「お玉牛」 桂 楽 珍 「持参金」 露の 五 郎 「猫の災難」 中入 笑福亭 竹 林 「仏師屋盗人」 主任 桂 文 太 「幾代餅」 |
めっきり涼しくなった感のある十一月。十日の水曜日『恋雅亭』の十一月公演が開催された。休日で人通りの多い本通り同様、お客様の出足も好調。列を作られた多くのお客様が待ち焦がれる中、五時半に予定通り開場し、会場へ吸い込まれる様にご入場されたお客様は、思い思いの席へ。 場内は次第に埋まっていっての開演を迎える。 その公演のトップを飾るのは、染丸一門の秀才・林家染雀師(大阪大学文学部卒)が八月公演の『お化け』以来の出演。今回はトップとして林家のお家芸である『きっちり・もっちゃり・はんなり』とした高座を会場が待ちこがれる中、定刻の六時半キッチリに『石段』の出囃子と拍手に迎えられて高座へ。 「えー、ありがとうございます。ただ今より開演でございまして、今日は本当にたくさんおいでいただきましてありがたいことでございます。どうお後お楽しみに私のところもしばらくおつき合い願いたいと思いますが・」とあいさつし、マクラで滋賀県での学校公演での紹介のされかたで笑いをとって、すっと本題へ。 演題は上方では珍しいが東京の前座噺の定番の『寿限無』と並んで舌がなめらかでないとこなせない『金明竹』。 旦那さんと丁稚さんと掛け合いの面白さから東京では上方弁で早口の男が登場し、言葉が解らなく珍解釈で笑いが起こるのだが、染雀師のそれは上方風にアレンジされ、松屋町の早口の男が登場し笑いを誘う。スマートな一門の伝統を受け継いだ正当派らしく、滑舌も噺の運びも基本に忠実。ポイント、ポイントで会場は爆笑に包まれ、キッチリした高座
は18分であった。
二つ目は春團治一門から『やんちゃな若旦那』の風貌と語り口と師匠譲りでスマートでキッチリした芸風で演じられる桂春雨師が芸名と同名の出囃子『春雨』で登場。
マクラは「国勢調査で四分の一の方が離婚される。それも若い人だけではないですよ、年いった方も安心してはいけませんよ・・・。」と会場のお客様を例に笑いを誘い、「昔の夫婦は離婚しない。なぜなら見合い結婚が多かったので、義理があってしにくい。しかし、昔も恋愛結婚もありまして、出会いの機会はというと・・・。」と続けて、恋患い(『崇徳院』)と夜ばい(『お玉牛』)の話へ進む。
そして、照れからか「私のこの噺は、途中で引かれる若い女性がいらっしゃいますが、今日はそんなことのないように・・・。」と始まった噺は、師匠直伝の『お玉牛』。 師匠の至芸を数多く見ている春雨師だけに、その一言一言、一挙手一投足も実に結構。夜ばいの仕草では、場内からくすくすと笑いが起こり、やがて爆笑にかわった22分の熱演であった。
三つ目は文珍一門の総領弟子桂楽珍師(昭和57年入門でキャリア19年。一風変わった上方落語をは当席でもファンは多い)。 鹿児島県徳之島出身らしく『ハイサおじさん』の出囃子での登場(この囃子も師匠と共にポピュラーになってきた感がある)。
「えー、一杯のお客様でございまして、私が芸名桂楽珍、本名木村拓也と申します(場内爆笑)・・・。えー、これは決まりもんでございますんで、言わんと調子が悪い」。「えー、しかし、次から次とテレビで見たことない芸人ばっかり続きますが(場内爆笑)、アハハではございません、本当に・・・。テレビやったら早送りされてる処でございます」 矢継ぎ早に爆笑マクラが続き、その都度、場内は好反応。阪神百貨店のバーゲンセールの余興、神戸の某高校の学園祭、去年年末に田舎(徳之島)へ帰った時の出来事のマクラから。 この噺の感想は、女房は「面白い」。女房の友達は「女性を馬鹿にしている」。子供の学校の先生は「日本の貨幣経済を表している」とのことでと、『持参金』が始まった。 米朝師匠が復活し、ポピュラーにした後は、東西共に多くの演じ手がいるこの噺であるが、筋や段取りは変えようがなく、演者の個性が重要な以外と難しい噺である。 その噺を楽珍師は自身のキャラクターを生かして場内を爆笑の渦に巻き込み、やり手も聞き手も大満足な高座であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ * *楽屋 よもやま噺 其の一(三師匠との雑談)** 小 生「どうも、お疲れ様でした。」 染雀師「ありがとうございます。今日の噺はここのお客さんやから出来まんねん。私ら若 いから発端の部分を他の会場やったら、笑いを待ってくれませんねん。けど、こ こは待ってくれはりますから演(や)り易いですわ」 春雨師「今日は『崇徳院』か『お玉牛』と決めて来たんですわ。最前列に女の子が二人座 ってはったんで迷ったけど、会場の反応みて決めました。あんまり他の場所では 演(や)れまへんねん」 楽珍師「ここは、会場の広さと音響が良(え)えから、声張れまっしゃろ。普段は小さな 処でお客様も少ないよって、声張れまへんねん。けど、今日は目一杯出来ました わ。勉強になります」 と三者三様の感想であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ **楽屋 よもやま噺 其の二(竹林師匠のネタ選び)** 本日の中入りカブリの出演の笑福亭竹林師が楽屋で思案顔。 竹林師「困りましたわ、今日のネタ。実は『宮戸川』思もてましてん。けど、『お玉牛』や 『持参金』と出たら、やれまへんし・・」 小 生「来席で鶴瓶師匠が『宮戸川』演ると言うてはりましたで。」 竹林師「そら、ますます、あかんわ。上方では誰もやらんから美味しかった噺やけど、し ゃあないなぁ・・・。こうなったら酒の噺しかないなぁ。」 そこへ、中トリの露の五郎師匠がネタ帳を見に入ってこられる。 五郎師「今日は軽く『浮世床』でもと思てんねんけど、前(前回の演題)に何やってるか なぁ」 小 生「『浮世床』ですわ、その前が『筍手打ち』、その前が『近江屋丁稚』」 五郎師「あかんなぁ。『浮世床』出てるか。困ったなぁ。そや、酒の噺が出てへんから酒の 噺でもしょっかな」 あわてた竹林師が、 竹林師「師匠!。お願いですわ、師匠は仰山ネタ持ってはりますよって、私に酒の噺やら して下さい」 五郎師匠がただ一言。「こんなん、早い者勝ち」「私も昔、文團治師匠に同じこと言われた で・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ **楽屋 よもやま噺 其の三(五郎師匠と)** 五郎師匠にお話を伺った。 小 生「師匠、この間、朝日放送で二代目(春團治)師匠の『ろくろ首』が流れる告知が インターネットであったんで、楽しみしてましてんけど・・・・」 五郎師「流れたんか ?!」 小 生「『二番煎じ』でしたわ。やっぱり、まぼろしですか?」 五郎師「そや、朝日の春團治十三夜の『ろくろ首』と『いかけ屋』のテープはおそらく残 ってないで。師匠の追善落語会が戎松(戎橋松竹)であってなぁ。その時に朝日 放送から貸し出したんや。それが返却されてないんや。おそらく、その時に捨て たんか、あっても誰かが秘蔵してるかやけど、今更出しにくいわなぁ。おそらく 出てけえへんで」 そして、中トリは、『上方落語協会々長』露の五郎師匠。 年齢を感じさせない芸は、老いてますます盛んの感。今夏、恒例の上野鈴本出演では昼席のトリで『真景累ケ淵』を発端の『宗悦殺し』から大詰めの『聖天山』までを通して十日間で演じておられ、乗りに乗っている師匠である(『彦八祭り』でお会いした際に稲荷町(八代目林家正蔵)の師匠からの口伝の想い出話を聞かせて頂いた)。 よもやま噺での会話そのままに、マクラから酒の話題になり、師匠の二代目春團治十八番の『猫の災難』。 いつもながら実に結構の五郎師匠の高座。東京にもこの噺はあるが、柳家小さん師匠らのいかにも江戸前のサラリとした演出と違って、師匠のそれはコテコテの初代(春團治)から伝わる上方風。随所に師匠譲りを彷彿とさせる演出に場内は大乗り。 会場の乗りの良さに応えての半時間にも及ぶ熱演の高座に、会場からは随所に大爆笑と拍手が起こる。 中入後は、故松鶴一門から笑福亭竹林師。『犬のお巡りさん』で飄々と高座へ登場。「えー、後半は私から・・・。今日も最初にちょっと聴いて頂きます・・・。」と始まった竹林師の演じる上方落語は、ほんわかして気が休まる。会場全体のお客様が力を抜いてゆっくり楽しみモードに入っている。 「えー、こないだ人命救助をしまして、踏切の中で立ち往生しているお婆さんを助けまして、・・・。息子に話しましたら「お父さん、明日になったら鶴が恩返しに来るで・・・。」ちゅうてました。そしたら、翌日、2時間の間に6本も仕事が入りまして、それから暇な日は夫婦で踏切りの前に立ってます(場内、大爆笑)。そして、楽屋よもやま噺・其の二をネタにマクラが続く。 そして、盗人の話題に入り、昔の治安の良さを強調して「どうして九両三分二朱」のフレーズから始まった本題は亡き師匠(松鶴)直伝の『仏師屋盗人(ぶっしやぬすっと)』。 笑福亭一門は、この噺か『打飼盗人』のいずれかが定番である。 本題に入っても、師の風貌といかにもマッチした噺の展開に場内の受けは高水準でトントンと噺が進みサゲとなる。 十一月公演のトリは、個性派揃いの一門にあっての正当派の実力を評価一門の内外から評価されている文枝一門の桂文太師匠。 『さわぎ』の出囃子で高座へ登場した桂文太師匠、滑舌の良さを生かしての本格的上方落語かと思われたが、東京からの移植ネタ『幾代餅』。 故円生師匠の『紺屋高尾』に対して故志ん生師匠が演じられていたのが、この『幾代餅』。 この噺を上方風に置き直しての演出に違和感はなく、今はなくなってしまった、男女の純愛物語に場内のお客様は聞き入っておられる様子で良いムード(笑う時には笑い、聞き入るときには聞き入る。ここらが当席のお客様の落語を楽しむレベルの高さ)。 最後はハッピーエンドで二人が結ばれる後味のなんとも良い秀作。それをきっちり演じきったトリの重責に相応しい文太師匠の高座であった。 お開きは師匠の母上手作りの食器洗い布を『しころ』の囃子に乗って場内へ投げ入れてのファンサービスのおまけ付きであった。 |