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       第278回 公演の記録           吉村 高也
       公演日時: 平成13年10月10日(水) 午後6時30分開演  

             出演者             演目

          桂     雀  喜  「牛ほめ 
          林家   染  二  「八五郎坊主
          笑福亭 仁  嬌  「二十四孝
          笑福亭 仁  鶴  「代脈

             中入
          内海   英  華  「女道楽」   
     主任   桂    小  米  「代書屋

  一年で最も過ごしやすい十月。十日の水曜日『恋雅亭』の十月公演が開催された。
九月は台風という最悪の空模様の中、熱心なお客様が来場される。最終的には百名を超えるお客様
(これぞ、落語会の決死隊・『蔵前駕篭』引用)。一転して十月は良い天気続き、前売り券売れ行きも快調。

そして、当日も快晴。お客様の出足は絶好調。列を作られた多くのお客様が待ち焦がれる中、五時半に予定通り開場。会場へ吸い込まれる様にご入場され、思い思いの席へ。場内は次第に埋まっていき、最後列に長椅子まで並べての満員御礼となる。

 その大入公演のトップを飾るのは桂雀喜師。師は平成10年9月の第241回公演(演題:田楽喰い)以来2度目の出演であり、米朝→枝雀→雀三郎→雀喜と続く米朝一門の直系で勉強熱心。
 定刻の六時半キッチリに『石段』の出囃子で満員の会場全体からわき起こる拍手に迎えられて高座へ。

「えー、トップバッターは、私、桂雀喜(じゃっき)でよろしくお願いいたしておきます。えー新人でございまして表の提灯も人の分の上に紙を貼ってあります(事実、前回の初出演の時に作成したのがだ無かった為に急場しのぎである)」とあいさつ。

 トップらしくさっそく本題へ。演題は前座噺の定番の『牛ほめ』。
スマートな一門の伝統を受け継いだ正当派で、滑舌も噺の運びも基本に忠実。ポイント、ポイントで会場は爆笑に包まれ、キッチリした高座は20分であった。

 二つ目は林家一門から一門の総帥染丸師匠の前名を襲名した林家染二師。
一門の伝統を受け継いでのスマートでキッチリした芸風。その派手な笑顔と声の大きな高座は古典も創作もこなし、その爆笑落語は当席でもファンも多い。同じく当席常連である同世代の笑福亭三喬師との二人会や、各地での落語会を精力的にこなす若手本格派の一方旗手である。           

「えー続きまして、私、染二の方でおつき合い願っておきます・・・。」とあいさつし、始まった噺は『八五郎坊主』。この噺、故桂枝雀師匠の名演が有名で現在、その型を踏襲して演じられている師が多い中、染二師のそれは、昭和四十七年にお亡くなりになられた橘ノ円都師匠を彷彿とさせる、やや古風の演出。それに師自身の工夫がプラスされての爆笑高座となっている。サゲも円都師匠の「法春(のりかす)? そうかも解らん、付けにくい言うてた」であった。                                     

  三つ目、中トリは、仁鶴一門が登場。まずは、笑福亭仁嬌師。       
いつまでも若々しい笑顔と、一門の伝統である「とのかく面白い」高座は今回も期待出来そうと会場全体の期待の中、高座へ登場。             
マクラもほどほどに始まった落語は『二十四孝』。                   
   この噺は東京では非常にポピュラーで、多くの演じ手がおられるが、上方では珍しく、東京からの移植噺といえる。しかし、仁嬌師はいかにも昔から伝わっているかのようによくこなれた演出。場内もそれに応えるように大受け(これだけ、ツボで受けると演じ手も大満足)。             
 事実、演じ終わった仁嬌師の感想は、「いやっ、ここは、いつもよう入ってるし、お客さんの反応がすこぶるいいよって、自信が付きますわ。逆にここで受けなんだら最悪ですわ」あった。                         

 そして、中トリは、上方落語界の重鎮笑福亭仁鶴師匠。              
今回も大変お忙しい中、『恋雅亭ならええで』と出演を快諾。満員のお客様が仁鶴爆笑上方落語の内から何を演じていただけるか楽しみな中、『猩々くずし』の囃子が鳴り、メクリが『仁鶴』変わると場内がドッとばかりにどよめく。そして、師匠が袖から高座へ登場すると本日一番の拍手となる。「えー・・・」の一言で場内は仁鶴ワールドの世界へ突入し、笑いの ギヤはトップに入る。  

当席で、過去演じられた演題も過去5回さかのぼってみると、

・『牛の丸薬』 265回公演  ・『不動坊』    256回公演

 ・『次の御用日』237回公演  ・『貧乏花見』   212回公演

 ・『鳥屋坊主』 180回公演   と大ネタ揃い。

  そして、「昔から者(しゃ)のつく商売は・・・」のマクラから、これも十八番の『代脈』が、「代脈のふとみなおした、晩に死に」とのお馴染みのフレーズからスタートする。
  いつもながら、高座を楽しむように会場の笑いを待って噺が進む。わずか1秒の何分の一であるのであるが、この間をとるのが難しいのである。
どうしても、笑いがすぐ来ないと次の言葉をかぶせて早口になるのである。これでは大きな笑いは生まれない。解っているけど出来ないのだそうだ。
 仁鶴師匠の高座はいたるとこ爆笑の渦。その一言、一言に会場は待っていたかのように笑いが起こる。満員の会場大満足の30分であった。

  高座を降りてきた仁鶴師匠に御礼を言う。

「師匠、ありがとうございました。」「おつかれ、さぁ、今から帰って皿洗ろてな、布団ひいてなぁ。ほな帰るわ」(いかにも上機嫌の意味不明の会話)「又、来年よろしくお願いいたします」「へえ、へえ、・・・・ごくろはん!」JR元町駅西口のタクシー乗り場からタクシーで一人帰路(豊中)に付かれた仁鶴師匠であった。

  中入後は、当席の高座へは初出演の「女道楽」の内海英華嬢。      
お囃子では既にお馴染みであるが、ピンでのそのお色気溢れる高座はファン待望である。

「えー、この会へは初めての高座で・・・過去は吾妻ひな子、木村栄子、タイヘイ夢路の各お師匠はんが『女道楽』を演じておられますが、こんな若いのは初めてで・・・」会場は拍手と爆笑。「さすがに非常に感の良いお客様が多ございます・・・。」

 そして、寄席の唄、俗曲を披露して「えー、時間、失礼いたしました。」
とカブリの重責を果たした20分の高座であった。

 十月公演のトリは、米朝一門から桂小米師匠。                     
いつまでも若々しい師匠であるが当代名跡を襲名して久しく、鳥取出身を生かしての土の臭いのする噺や、ルックスを生かしての上方落語をトリとしてタップリ演じて頂けると小生も期待大。                         
 先代小米の故枝雀師匠からの小米囃子とでもいえる『さらしくずし』の  軽妙な出囃子に乗って高座へ。「えー、私もう一席でございまして・・・」 出身地鳥取県とそこで起こった地震のマクラからスタートするのだが、これが抜群に面白い。楽屋雀からは、「最近、小米師匠の高座、はじけてるで ! 」の声が・・・。

そして、師匠直伝をベースに登場人物を鳥取出身者に設定した大爆笑落語『代書屋』が始まる。この面白さは筆舌に耐え難い。会場は次々に繰り出されるギャクの連発に大笑いが連発。満員の会場は大満足の25分の高座であった。

 
  ***  楽屋 裏ばなし(小米師との雑談) ***

小 生「おはようございます。今日はありがとうございます」

小米師「おはよう、ここのトリかなんわぁ」

小 生「何を言うてはりまんねん。師匠ら『三日月会』のメンバーがとってもらわんと誰

がとりまんねん」

小米師「そうやなぁ。よっしゃ、よっしゃ」

小 生「ところで、今日は何を・・・」

小米師「『肝つぶし』演(や)ろかなぁ。暗い噺やしなぁ。久々に『代書屋』に決めよ」

 こうして、小米十八番の『代書屋』が演じられることになった。

     『三日月会』とは、昭和48年に神戸柳原の『柳笑亭』で始まった 若手の勉強会のことである。メンバーは林家染丸、桂文珍、笑福亭松喬、松枝、呂鶴、橘家円三(休業)、そして、桂小米の各師匠連である。現在当席のトリの重責を果たしている師匠連である。