第265回 公演の記録 吉村 高也 |
公演日時: 平成12年 9月10日(日) 午後6時30分開演 出演者 演目 月亭 遊 方 「飯店エキサイティング」 |
九月の第二六四回恋雅亭公演は、笑福亭仁鶴、笑福亭呂鶴、両師匠の顔合わせとなった。 先月に続いて、前売券も七十枚を越える好調な売れ行きで、これを反映する様に、開場一時間以上前の四時過ぎから、お客様の列が出来る。階段の上にまで及んだ列が本通りまで溢れ、定刻五分前の五時二十五分に開場。吸い込まれるように入場されたお客様は、自分好みの席を選ばれる。会員様や当日券のお客様も数多く、会場一杯に並べた椅子が全て埋まり、大入り満員となった。 これで、今年は、一、七、八、九月が大入り公演となった。 その大入り公演のトップは、月亭八方一門から月亭遊方師。前座?(キャリア十五年がトップで出演とは)らしく、一番に楽屋入りし、開場時には一番太鼓でお客様を迎える。そして、楽屋で今日の演題を考える。創作派の師が選んだ演題は、自作の『飯店エキサイティング』。 現代風の師だけに、内容は現代(当たり前!)。中華料理店を営む夫婦の会話を中心に噺は進む。独特のクスグリに会場から笑いは起こるのだがちょっと辛口の印象を述べると、全体的にやや上滑りではなかっただろうか? この師匠は、もっと面白いはずでなのだが・・・? これは当席も期待の表われである。 二つ目は、米朝一門から、上方落語界で五本の指に入る巨漢、桂米平師が当席へは七回目の登場である。その体型と愛くるしい笑顔で演じられる上方古典落語には、ファンも多く、会場全体を巻き込んでの米平ワールドが楽しみな中での登場となる。 「えー、続きあいまして、私、桂米平のほうで、お付き合いを願いますが、昔から酒は百薬の長ともうしまして・・・」とマクラから小噺風に、『酒の粕』を語り、本題の『試し酒』に入る。「五升の酒が飲めるか」を賭けた主人の身代わりとして挑戦した権助が、見事に五升の酒を飲み干してしまうという噺。米平師のほんわかとしたムードと田舎出の権助のイメージがピッタリと重なり、会場全体からクスクスと、連続して笑いが起こる。二十二分の高座は、ほんわか、ゆったり、そして、満足の高座であった。 ** 楽屋 よもやま噺 其の一 『試し酒』について** 高座を下りてきた米平師を直撃 小 生「お疲れ様でした」 米平師「どうも、おおきに。いつもながらやり易いお客さんですわ」 小 生「今日の噺(『試し酒』)は、師匠からですか?」 米平師「へぇ、師匠のレコードの『珍品集』から覚えて、師匠に直してもろて・・・」 小 生「小さん師匠も演(や)りはりますね?」 米平師「元は小噺みたいな噺ですからね。私も勉強不足で、よう判かりまへんねん」 そして、三つ目は露の五郎一門から露の團四郎師。愛くるしい童顔の師であるが、今年で二十二年目。大阪俄(にわか)の継承者としての一面も持つ中堅実力派だが、スケジュールが合わず当席へは96年7月以来と、四年ぶりの出演となる。自分好みの『大漁節』の出囃子に乗って、「ちょこっと」という感じで高座へ登場。「えー、ありがとうございます。替りまして、こんなん出てまいりまして、決して怪しい者ではございません・・・。」と、もっちゃり落語がスタートする。今日の演題は『忍法医者』。 師匠直伝、今では演じ手の少なくなってしまったこの噺を自らも楽しんでいるように演じる。場内からも、小さな体と大きな身振りのコントラストの面白さに大きな笑いが起こる。噺の内容の奇抜さも相俟ってあっという間の二十二分であった。 ** 楽屋 よもやま噺 其の二 『忍法医者』について** この噺は元々の演題名を『蘭法医者』(当日の演題には、小生の薄学で,そう記載した。團四郎師に確認したが、この演題名に変えたのは師匠自らで、演出やサゲも自分で工夫したそうである。 元々は、團四郎師の師匠である露の五郎師匠から口伝された。五郎師匠の噺は、初代桂春團治師匠の演出を受け継いでおられるのであろのであろうか(今度、五郎師匠に聞いてみることにする)。 小生はこの噺のテープを露の五郎師匠がMBSテレビで演じられたものを一本だけ持っているが、比較すると團四郎師の演出とは少し違う。 この噺、現在では、演じるのにはやや問題がある。サゲが分かり難くなってしまったのである。男の腹の中にいる虫を採るために、蛙、蛇、雉、そして、鳥さ(刺)しが腹の中に入り治療するという、摩訶不思議な蘭法医学が施される。 そして、鳥取りが雉を取りに腹に入って、雉を取って出てくる。ここでは、「刺した、刺した・・・」をキッカケに、『親子茶屋』の「やっつく、やっつく」でお馴染みの『狐釣り』のはめものが入る。 そして、かぶっていた笠と鳥もち竿を忘れてくる。こうなると、外科に行かないとどうにもならない。竿(さお)が笠にかかったとサゲとなるのである。 梅毒のことをカサと言い、ひどくなると鼻が落ちた。「カサが鼻にかかると落ちる」ということが現在では判らなくなってしまった。 さて、中トリはご存知、上方落語界の大御所、笑福亭仁鶴師匠。出囃子の『猩猩くずし』が鳴り、メクリが『仁鶴』と変わると場内がどよめく。大喝采の中、登場するや、いつものほんわかムードのスタートとなる。 えー季節の移り変わりが感じられますが・・・」。「最近は健康食ブームなんてことを言いまして、・・・雪印がどうのなんてね、昔あんなもんで、具合悪いなんて言うたら、親にどつかれたもんですわ。『そんな軟弱なことで世渡りが出来るか!』なんて言われて、パンの中に蚊がおったり、蝿が、昔からいてたりしましたよ、コッペパンの中に、そんなもん平気で『これは、捨てたらええもんやから』。そんなもん無理して食べんかてええねんから・・・」 そして、アイス饅頭、かける蜜が不衛生でも元気やった話題。動物(ペット)も軟弱になったとマクラを振って、「居てますか」「おぉ、上がり上がり」と絶妙のマクラから本題が始まる。 今日の演題は、仁鶴十八番から『牛の丸薬』。タップリ、ジックリ間をとっての口演は約二十六分。長屋から野辺、茶店、縁先、牛小屋と場面も変わって、最後は実にシャレたサゲという、いつ聞いても面白い噺で、その間、会場からは要所、要所(噺のつぼ)で笑いが起こり、お中入となる。 高座を下りてこられた師匠は、「いやぁ、ここはいつもええ。噺を知ってはるお客さんや。笑いのつぼがええわ。けど、外すと笑いはらへんから怖いけどな。」と言い残し、愛車のベンツで帰路に着かれた。 さて、中入後は昨年春、新しい名前を襲名し、五月に当席の『小春改メ桂小春團治襲名披露公演』を行って以来の登場となる桂小春團治師が、自らの出囃子『小春團治囃子』で登場。今回も師独特の切り口の創作落語か、師匠直伝の古典落語かと期待の集る中、高座へ登場。 「えー、暑い日が続いておりますが・・・。」と、まずあいさつ。
「私の知り合いの電化製品のメーカーの方に聞いたんですが、もう、ずっと切れない電球なんか出来てるそうですなぁ。メーカーでは。けど、そうなると物が売れまへんから、作らんそうで・・・。」「えー、物が壊れる時は分かりまんなぁ。テレビなんか物凄いでっせ。だんだん、画面が暗くなって、ブーンちゅう音がしてね。プチッと切れますねん。あの瞬間ですわ。テレビの臨終の瞬間は・・・」 「一番腹が立つのは冷蔵庫ですわ。あれ、潰れたん判りまへんねん。氷が解けて、初めて判りまねん。その時は遅いですわ。そこらビシャビシャですしね。それと、潰れるのん、夏が多いですわぁ。なんでやろねぇ、ほんま・・・。」と冷蔵庫の話題へ。 「けど、冷蔵庫の中身も色々なドラマが有りまして・・・。」と冷蔵庫の食べ物(中には、痔の座薬のようにそうでないものもあるが)に喋らす擬人落語の『冷蔵庫哀詩』。 これが、実に面白い。この師匠の切り口の鋭さは天下一品で、満員の会場も、その一言、一言に爆笑が続く。ハーゲンダッツのアイスクリームとグリコのプッチンプリンの淡い恋でサゲとなった。 そして、今回のトリは笑福亭一門から笑福亭呂鶴師匠。勉強家の師匠、その幅広い演題の中から今回は何を演じていただけるか楽しみな中、ゆっくり登場。「えー、本来であればさっきの小春團治さんでお開きとなるところですが、なにぶん、ここの出口は狭もうございます。そこで、私の高座の間にお引き取りをしていただこうと・・・」とあいさつし、さっそく、本題へ入る。今日の演題は『植木屋娘』。 「ここにございました、商売は植木屋、名を幸右衛門と申しまして、嫁はんと今年十八になる娘のお光との三人家内。財産がざっと一箱・・・。」と、お馴染みのフレーズからお家芸が始まる。 得意な噺だけに、トントンと進む。乗っての高座は楽しんでいる様に見える。ちょっとオーバーな部分や、ぼそぼそと語る部分。そのどれにも、場内の反応もすこぶる良い。サゲも決まって二十五分の口演は大喝采のうちにお開きとなった。 ** 楽屋 よもやま噺 其の三 『トリの苦悩』** 早くから楽屋入りされた呂鶴師匠と雑談。師匠とは、昭和四十七年からの知り合いであるので、ざっと、二十八年になる。 小 生「おはよう、ございます。」 呂鶴師「おはようさん。久しぶりやなぁ。新聞見てくれた?」 小 生「見ました。懐かしい写真でした。ようけ、お亡くなりになってはる写真。」 ・ 呂鶴新聞には、昭和五十三年の笑民寄席の楽屋での打ち上げスナップ写真が掲載されていた。真ん中に共に故人となられた松鶴師匠と楠本さん。前列で囲むように、呂鶴、故春蝶、故小染、染二(現、染丸)の各師匠が写っている。わが、同人会からも、徳永さん、草尾さん、そして、小生の三名が写っている。 小 生「今日は、何を?」 呂鶴師「そやねん。今日は『遊山船』と思ってたんやけど、出てるがな吉朝が。そんで、『饅怖』と思たら、松枝がやっとうがな」 *
雀三郎師匠とまったく同じパターン。 呂鶴師「吉しゃん。今度は、最近に出たネタ教えてえなぁ・・・。よっしゃ。『一人酒盛』や!」(その時、米平師が『試し酒』を) 呂鶴師匠の悩みは、小春團治師匠の高座まで続いたのであった。 |