第261回 公演の記録 吉村 高也 |
公演日時: 平成12年 5月10日(水) 午後6時30分開演 出演者 演目 桂 あさ吉 「時うどん」 |
今回五月は、第二六一回公演。トリに桂吉朝、中トリに桂福團治の両師匠の顔合わせとなった。 階段に列をつくられたお客様の列が、吸い込まれるように会場へ入場されたのは、いつも通りに開場定刻の五時半。そして、六時半に開演。会場後方にやや空席が残る八分の入り。 その中、トップは、本日のトリを勤める桂吉朝師匠の総領弟子、桂あさ吉師(平成五年入門、七年目)が、当席初出演。あさ吉師は師匠の教育よろしく、上方落語の正統派として各地の落語会で活躍中の若手バリバリである。 そのあさ吉師、『石段』の出囃子に乗って、高座へ登場。師匠(吉朝師匠)の師匠にあたる米朝師匠の家へ内弟子修業に入った時の逸話を漫画チックに紹介。 そして、食べ物の話になって、本日の演題は、前座噺の定番『時うどん』。 上方では『時うどん』として演じられるこの噺、東京では『時そば』。関西のうどんに関東のそばと食文化の違いが背景にあるが、噺の内容も、同様にちょっと違う。 『時うどん』では、ひやかし帰りの男二人が、うどんを食べ勘定の際に持ち金ありったけの十五文を十六文とうどん屋に錯覚させてしまう。旨くいったので翌日、もう一人の男がうどん屋を騙しに行くという内容。一方『時そば』では、そば屋にお世辞を言いたおした男が、まんまと十五文で十六文のそばを食べて帰る。その様子を見ていた男が、翌日そば屋を騙しに行くという内容である。 主人公が犯した犯罪(屋台の大将に対する詐欺行為)は、前者は共犯と単独犯の重犯であるのに、後者は単独犯である点であろう。共に計画しつくした知能犯であることは間違いない(ちょっと脱線)。 さて、そのあさ吉師演じる『時うどん』は、食べるのはうどんであるが、ストーリーは、東京の『時そば』である(小生の勉強不足で誰からの口伝であるかは不明)。トントンと演じて二番手福車師と交代となる。 ・ ・・・落語ミニ知識・・・当席で演じられた『時うどん』・・・ 前座噺の定番と紹介した『時うどん』は、今回の口演で当席で演じられるのは二十一回目となる。一年に一回弱の割合で演じられたことになる(敬称、略) 2回 林家小染(故人・四代目)、18回 笑福亭小つる、26回 桂春輔(現・祝々亭伯伝)、44回 桂春駒(116回も)、57回 桂朝丸(現、桂ざこば)、79回 桂吉朝82回 桂枝雀(故人)。と続く。実はここまでは小つる師と吉朝師が、トップで演じられた。以降は全てトップで演じられることになる。90回 林家 染八(現、小染)121回 笑福亭鶴志、143回 桂 雀司(現、文我)、150回
林家 染八(現小染)、 152回 桂 枝女太、 158回 桂 坊枝、167回 笑福亭岐代松、176回
桂雀松、182回 林家 染八(現、小染)、190回
桂 坊枝、211回
林家 花丸242回
月亭 八天 二つ目は、中トリの桂福團治一門から桂福車師。師古典はもとより、創作落語もこなす二刀流です。今回も何が飛びだすか多いに期待の中、『草競馬』の囃子で高座へ登場。 マクラもそこそこに、『無い物買い』に入る。創作派の師であるので、随所に創作流独特のくすぐりが入ると期待もあったが、基本に忠実にキッチリと演じる。ただ、サゲが変わっていたが・・・。 さて、この噺を得意にしていた師匠に、福車師の師匠筋にあたる初代桂春團治師匠がいる。小生が説明するまでもなく、上方落語界の巨人であるが、その師匠の十八番の噺のひとつが、この『無い物買い』。 春團治三代と銘打ったクラウン(株)から発売になった初代の演題は八十を越えるが、その中でもこの噺は秀逸である。 さて、その初代春團治師匠と福車師の系図を見るとまさしく直門であり一門の伝統を受け継いでいるといえる。それに値する名演であった。 初代 二代目 三代目 四代目 桂春團治 → 桂春團治 → 桂春團治 → 桂福團治 → 桂 福車 前出の福車師が創作派であるのに対して枝女太師は古典派。その枝女太師の本日の演題は『首提灯』。筋は上方風の上燗屋から続くところの『首提灯』であるが、内容が違う。これは、ぐっと創作(現在)の色合いが濃い。 上方の『首提灯』は、今演じられるのは、頃は昭和初期かそれ以前、ちょっと一杯引っかけた男が上燗という提灯に引き寄せられ、屋台の上燗屋に、うだうだ言いながら色々飲み食いした後、勘定(二十五銭)を払うため、隣の道具屋で仕込み杖を買い(五円)、釣り銭で勘定を払って家へ帰る。戸を少し開け、通りかかった盗人を引き込み首を斬ってしまう。びっくりした盗人が火事に巻き込まれて野次馬に首を落とされたが、その首を拾って前へ突き出すと首が「火事や、火事や」。 一方、枝女太師は頃は現代よりやや昔(屋台で八百円で酒と肴が食べられた頃)。上燗も電子レンジで「チン」。酒の肴も豆、おからにプラスしてレモン、パセリ、そしてスペアリブ。道具屋での毛抜きも「本家 うぶけや」ではなく「メイドイン・ドイツ」の「マレーシア製」。 そして、家へ入ってくるのは本職の盗人ではなく、リストラで、今日首になった九人の子持ち。首を切り落とされて発する言葉が「首を斬られたのは今日、二度目や!」とサゲとなる。 さて、中トリはご存知、上方落語界の重鎮、桂福團治師匠。上方落語界にあって人情噺の第一人者で数多くの噺を当席でも演じられておられます。また滑稽噺でも、何とも言えない味わいを感じる当席常連の師匠で、いつものようにゆっくりとゆっくりと名囃子の『梅は咲いたか』に乗って登場。 「えー、・・・きょうも・・・ここへ・・・」とゆっくりと語りだす。場内からはクスクスと笑いが起こる。車の話題から始まった今日の演題は『住吉駕篭』。発端からサゲまでキッチリ演じる。酔っ払いに駕籠屋が絡まれる部分をズバッツとカットしたが、ほかの部分は、はしょるのでもなく、二十二分。しかし、満足度は充分あるのは、これが練り尽くされた話芸であろう。大満足のうちにお中入となる。 そして、中入り後は、笑福亭一門から笑福亭学光師。東京で活躍中の鶴光師匠の一番弟子であるが、当人は関西で活躍中で、演じるのはコテコテの上方落語です。今回も、そのコテコテさを舞台で披露してくれると期待の中、満面の笑みで高座へ登場。 「えー、お疲れになったでしょう。落語ばっかりやもんねぇ。中入後は私からでございまして・・・」と会場を学光モードのホンワカムードへ。「今日は私の弟子志願者が来ていますので紹介します。笑福亭学光の弟子で笑福亭小学光です・・・・」と、拍手と共に取り出したのは腹話術の人形。 「えー、今日は皆様のご要望の落語はちょっと長いので、昔話でこの弟子と競演いたします。何でも結構です。何がよろしいか。何でも、『桃太郎』でも『桃太郎』でも、えー『桃太郎』でも何でもよろしいで。」会場からすかさず、『桃太郎』と声が掛かる。 「えっ、『桃太郎』ですか。判りました、では、『桃太郎』を。単に語るのでは面白くございませんので、何か文字を抜きましょうか、何でも結構です。」会場から「も!」と声が掛かる。 その言葉にかぶせるように「何でも結構よ、何かございませんか?」会場は大爆笑。続いて会場から「た!」と声が掛かる。待っていたように「うまいこといった。では、た を抜いて『桃太郎』を始めます。」と腹話術昔話・「た抜き」『桃太郎』がスタートする。 後は皆様方の想像通り、爆笑の連続の高座であったことは言うまでもない。噺家 笑福亭学光師の腹話術昔話「た抜き」『桃太郎』であった。 そして、今回のトリは米朝一門から桂吉朝師匠。本格派揃いの一門の中でも、その本格派ぶりは皆様よくご存知の通り。昨年末に一時体調を崩しておられたが、高座へ復帰され、今回も当席へ万を持しての登場となった師匠ある。過去、当席では『はてなの茶碗』『抜け雀』など師匠譲りの演題を演じられている吉朝師匠。 さて、登場してのマクラは、今回のゴールデンウィークの東京の往復の新幹線車内の話題。そして、本日の演題は『遊山船』。 この噺、故六代目、七代目笑福亭松鶴師匠の十八番であるが、吉朝師匠のそれも師匠独自の工夫が随所に入った秀作であった。 例えば、六代目笑福亭松鶴師匠は、「よっ、さっても奇麗な錨の模様」と浴衣を表現していたのに対して、吉朝師匠は、「よっ、さっても奇麗な錨の浴衣」と判り易く表現している。 上出来の三十二分の好演でお開きとなった。 (平成十二年五月十日) |