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       第251回 公演の記録           吉村 高也
       公演日時: 平成11年 7月10日(土) 午後6時30分開演  

                 
出演者               演目
   林家  そめすけ青菜
   笑福亭 伯 枝鴻池の犬
   桂   梅團治宇治の柴舟
   桂   雀 松替り目
    
中入   
   桂   福團治景清
主任 月亭  八 方始末の極意

  恋雅亭の六月公演『開席第二百五十回記念公演(創作落語の会)』も記録的な大入り満員で無事お開き。七月からは、更なる第一歩です。

  いつもご協力いただいている「神戸新聞」や「KOBE C情報」で大々的に取り上げていただいてお陰で、当席の知名度も大幅に上昇。前売り発売当初から盛況で当日までに約九十枚。電話での問い合わせも、日を追って増加し、当日の十日にも、十数本。満席を予想させる前評判。

  その当日。いよいよ夏本番の陽気の中、開場を待つ多くのお客様が並ばれ、定刻の五時半に開場。今月は、じわじわと会場が埋まっていくお客様の出足のパターン。そして、六時半の開演に丁度満席となった。トップの林家そめすけ師が、色男揃いの染丸一門の伝統を受け継ぎ、当席初出演で出囃子『石段』に乗って登場。

  まず、自己紹介代わりに、酒井くにお師匠の物真似を。これが、実に上手い。なにを隠そうこのそめすけ師は、『ABCナイトインナイト・物真似グランプリ』でならした逸材。林家一門の「はんなりもちゃり」の伝統の芸風で笑いを誘ったあと、本日は『青菜』でご機嫌を伺う。植木職人のやや軽い感じとそめすけ師とのイメージがピッタリで笑いも多い。

  サゲを一工夫。嫁はんが「九朗判官、義経」。それを受けて、しばらく表情で困った様子を表して「まっちゃん風呂行こか」でサゲる。

  この噺の本来のサゲは「それでは、弁慶にしておけ」であるが、人にご馳走になる人を、義経に寄り添った弁慶をかたどって「弁慶、弁慶」と称した事が分かりにくくなった現在。同じようなサゲである『船弁慶』ではこうはいかないが、これも結構ではないかと考える。

 二つ目は、故松鶴一門から、六代目の色を色濃く残す笑福亭伯枝師が久々の出演。

  出番前、伯枝師と談笑・・・。

伯枝師「ここは、出たかったですわ。久しぶりですわ、おおきに。楠本さんも亡くなりはって、どの位

たちまっしゃろ」

小 生「早いもんで、もう丸五年ですわ」

伯枝師「その頃、家(うち)のおやっさんの懇意にしてはった人が、ようけ亡くなりはったんですわ。

楠本さん、三田先生(三田純一氏)和多田先生(和多田勝氏・松鶴師匠の甥で、豆噺家

の笑福亭小つる師を経て、イラストレーターとして活躍)、それに、松葉兄さん・・・。みんな

おやっさんが呼んでまんねん。けど一人だけ呼ばれて行きかけて、戻った奴がおまんね

ん」

小 生「はぁ?」

伯枝師「小松でんがな。あれ、半分行きかけてましてんで」

小 生「恋雅亭へも出てもらいましたけど、小松ちゃん、元気でっか」

伯枝師「お蔭さんで、元気、元気。あれ胃癌は誤診で胃潰瘍でっせ(笑)

小 生「ところで、今日は何を?」

伯枝師「実は『鴻池の犬』を演(や)りたいですけど、二つ目やさかい、『手水廻し』で」

小 生「『鴻池の犬』演ったらよろしいやん。滅多にない機会やさかい。ここのお客さんやったら、え

え勉強になりまっせ。やんなはれ、やんなはれ」

  そして、伯枝師の登場となる。演題はもちろん、六代目直伝の『鴻池の犬』。マクラで、お囃子さんの紹介。今日は林家和女嬢と草尾正子嬢の二挺。

  「我々の世界は男社会で、大変色気がございません。しかし、この障子の向こう側にはお囃子さんがいてはります。この方は女性です。なんで、ここに障子を置いて見えへんようにしてるのは・・・」さっしの良いお客様から笑いが起こる。それを待って、「ちゃいまっせ、昔はそうでしたけど最近は若こうて別嬪さんが多い。

その中でも今日は五本の指の入るお二人です。もっとも全部で九人中ですけど・・・。一人が和女嬢。この方は、林家小染の嫁はんで、この嫁はん貰たんが、小染の運の良さで・・・。世の中の運、不運はこんなところに もあるもんで・・・」とのマクラから『鴻池の犬』が始まり約二十五分の熱演。

  舞台を下りてきた伯枝師「いやぁ、わてらの噺をよう聴いてくれましたわ。ええお客様ですわ。けど、二つ目でこんな噺して、怒られますわ」とやや、反省。しかし、この長講は後になって、今回の公演を助けることになる。

  三つ目は、「團治三兄弟(福團治・小春團治・梅團治)」の三男、桂梅團治師。前名の春秋時代から当席では常連でファンも多い。襲名後に、さらに磨きのかかった爆笑落語を演じると思いのほか、「今日は大変珍しい余り演(や)り手の少ない。おそらく、今、上方では五人もいいひん(いない)と思いますが・・・」と断わっての、今日の演題は、渋く『宇治の柴舟』。

 この『宇治の柴舟』は、当席では過去3回演じられている。それも、全て故桂春蝶師匠。春蝶師匠がお亡くなりになられた後、初めて演じられる噺である。

  もちろん、この噺は師匠の春團治師匠直伝である。三代目師匠がこの噺を演じられなくなって久しい現在、両師匠の噺を土台に、数々の工夫と、両師匠が付けなかったサゲを梅團治師が工夫をして付け加えたことが、「また一つの噺が残った」と思った瞬間であった。

  そして、中トリは、今のところ絶好調の阪神タイガースの応援団長、月亭八方師匠が、登場するはずであったが、ここでハプニング発生。

仕事を終えられ、車で阪神高速を大阪から神戸へ向かわれていた八方師匠の車が、事故による大渋滞に巻き込まれて、今だ到着されていない。そして、トリの福團治師匠もご同様。緊急事態での対応は「中入りカブリの雀松師匠を中トリで出演してもらい、中入り。それでも未着の時は、楽屋入りされていた春駒師匠にカブリで延々と延ばして貰う」と決めた。

  着物を着替えての桂雀松師匠が、嬉しそうに一言「今日は僕が中トリ。サゲの後、祈が入って『おなかーーいりーー』の声。気持ちよろしいで」。

  両師匠が到着されたのは、梅團治師匠のサゲの直前であった。楽屋入りを確認した雀松師匠は、「笑わしてや」の声を背中に聞いて、登場すると「私が月亭八方です」と笑いを誘う。「実は、八方師匠が遅れておりまして・・・。今は便利でんな。携帯電話で、すぐ連絡が付く。高速が事故で遅れておられますので・・・」と携帯電話の話題から、今日の演題は、『替り目』。勉強家揃いの枝雀一門でも、ピカ一の雀松師匠。師匠(枝雀師匠)や大師匠(米朝師匠)譲りのツボツボでの笑いは言うまでもなく、自身の自信溢れる工夫でもお客様は大爆笑。無理を承知で魚のあてを買いに出ていった嫁はんに礼を言うところの半ばで中入りとなった。

  ここで、時計は八時十分。いつもより、やや押し気味。熱演の連続でロビーに出られて、ちょっとタバコを一服やコーヒー、アイスクリームでホッとされていたお客様を客席へ誘うように鳴る太鼓。

  祈が入って、囃子の『梅は咲いたか』で、本日のトリの桂福團治師匠が登場して、高座へ座る。「えぇー」の一言で場内は爆笑。なんとも言えないこの師匠の世界へ客席全体が引き込まれる。小生はもうかれこれ三十年以上この師匠を聴いているが、こういうムードはいつの頃からか?

  当恋雅亭の出番をちょっと調べてみた。

     第214回公演・・・・福團治  中入  染語楼  文 珍

     第226回公演・・・・福團治  中入  枝三郎  鶴 瓶

     第235回公演・・・・福團治  中入  文 福  雀三郎

 

  トリの文珍、鶴瓶、雀三郎の師匠をがっぷり受けての中トリでの出演。そして、そのいずれもがトリを食ってしまう出来の良さの連続であった。

 その慣例を破って、今回はトリでじっくりと演じてもらおうとの狙いで久々のトリを、お願いした。

  三日前に「十日は、よろしくお願いします」と電話を入れると「こちらこそ」と十分な手応えを感じての登場となった。

  飛び込んできた師匠は、さっそく、出番前の忙しい合間をぬって、お囃子の和女嬢となにやら打ち合わせ。

「あそこで、ボーンや・・・一人来て、二人連れ立つ極楽ので・・・、そこへ、清水の観音様・・・、一丁入り・・・いらんわ、そこまで、演(や)らへん・・・」と、断片だけが聞こえてくる。

  福團治師匠の本日の演題は「目のお悪い方のお話しで・・・」と演じ始められた『景清』。発端から、笑いと涙が連続する福團治ワールドは衰えることなく、自分の悪心から目が治らなくなっての語りは、さすが人情噺の第一人者を思わせる。会場はシーンとして聞き入っている。

  最後は、目が見えるようになり、大喜びのところで八方師匠と交代となる余韻を持たせた幕切れであった(約三十五分の長講、名演、絶賛)

 

・・・演じられなくなった落語群・・・

  最近、あまり聞かれなくなった落語群がある。今回の『景清』が前回に演じられたのは、昭和61年4月・第97回公演。実に十三年ぶりの再演である。

 確かに難しい上方落語の大ネタには違いないが、演者が敬遠するもう一つの理由がある。身体に障害のある人が主人公で登場する落語だからである。不特定多数の人が対象の、TVやラジオでは仕方のないところだろうが、落語という限られた話(噺)を聴きにきて頂いている当席のような会なら、そこまで気を使わなくても良いのではないかと思うのだが?

  さらに、職業差別や「あほ、きちがい」も放送禁止用語になっているらしい。

  もっとも、「そんな事に気を使わず、なんでも演(や)ったらええやん」と演者に要求しても仕方のないところなのだが・・・。

 過去当席で演じられた『墓供養』『滑稽清水』『おしの釣』『鼻の狂歌』『按摩こたつ』も聞く機会が少なくなったし、『平林(字違い)』のサゲを変えたりもしている。来年あたり、貧乏が駄目で『貧乏花見』、『黄金の大黒』や『祝のし』。そして、あほが駄目で・・・。これでは落語が滅んでしまう・・・ちょっとオーバーですね。

 トリは、相変わらずTV・ラジオでも大忙しの月亭八方師匠。当席へは忙しい中をぬっての出演となりました。

  さらに、今回は絶好調の阪神タイガース情報付きとあって、大いに期待。この時点でもう九時五分前。定刻のお開きの時間には五分しかないが、出囃子が鳴っても、お客様は、ほとんどお帰りにならないのが、その期待の表われか。

  さて、八方師匠が登場すると歓声までが起こり、お待ちかね阪神タイガース情報からスタート。

「いやぁ、今年はちょっと楽しみでんな。いつもやったらゴールデンウィークには、もう来年のこと言わなあかんのにね」「皆さんも見ましたか、こないだ、あの新庄のサヨナラの日ね。わたい見に行ってましてん。えーとこで、敬遠や。横向いて『ビール頂戴!』言うてたら。『ワアー』ちゅう歓声でっゃろ」

「『えぇー何があったん、何?』『新庄のサヨナラや』『敬遠ちゃうの?』『飛びついて、ボール球を打ったん』『そんなん見てへんがな』『とにかく勝ったんや! 勝った、勝ったバンザイ、バンザイ』こっちは瞬間見てへんもん。けど『バンザイ、バンザイ』言うたけどね」と爆笑噺が続く。

「家へ帰ってビデオで見て、それで、初めて判ったけど、球場はビデオないもんね。あれ、サンテレビで中継しとったけど、だれも瞬間、見てへんで、ほとんどの人が『敬遠やがな、おい、ビール』。瞬間、ワアー『何、何?』ばっかりやで」

  そして、限定発売された『ノムさん人形』の話題へ。「あれね、百万円やけど、金の部分はバットだけで五万円くらいやて、嫁はんにえらい怒られてね。『あんた、あほちゃう』言われて、説明したんやけど『あんた、あほちゃう、贅沢して!』。これは、無駄ちゃうねん・・・」と、贅沢と無駄の話から本題へ入る。今日の演題は『始末の極意』。

  阪神タイガースの話題で十分満足されているお客様は、梅干しの食べ方や、かつお節で出汁を取って菜の具がタップリ入った味噌汁をただで作る方法、そして、始末の極意を教えてもらうという、お馴染みの古典落語を土台に、師匠の工夫が入った噺に大満足。

  お開きの時間が大幅に延び、九時半であった。(叶 大入り)