もとまち寄席 恋雅亭
公演記録    第248回
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 公演日時: 平成11年 4月10日(土) 午後6時30分開演
  出演者      演目
    桂  こごろう
いらち車 
  桂   蝶 六道具屋 」
   桂   文 喬 「胴乱の幸助
  笑福亭 鶴 光ラーメン屋
    中入
  
林家  染語楼 「黄金の大黒
   桂   南 光 「花筏 (主任)
                  

   一、二、三月公演に続き、今月も叶大入りのもと、トリに桂南光、中トリに笑福亭鶴光師匠を迎えて開催された。前売券の出足も好調で、特に四月の六、七、八、九日と日を追って枚数が伸びて約百十枚強を販売。事務局への電話。そして、風月堂さんへも問い合わせの電話が鳴る。今回は「前売券は残ってる?」が非常に多い。「少しだけ残ってます。出来るだけ早く御来場下さい」との答えに終始する。前評判も絶好調。「券、取っといて」の希望に答えられず、申し訳ない限り。おもわず(心のなかで)「会員になってもらったら必ず御入場出来ますよ」と答えたくなる。そして、当日。あいにく「お天とぼんが、ししたれをした」空模様。その中、一番のお客様は、四時前に会場入り。土曜日とあって、いつもより出足が早く、開場前すでに、約九十名のお客様が列をつくられた。
 五時半にいつも通り開場。気持ちとしては、早く開場したいのだが、今回も時間厳守。
さて開場。そして、桂こごろう師が打つ、一番太鼓に迎えられる様にお客様が活気溢れる場内へ次々とご入場され、席が埋まっていく。お客様の来場のペースが衰えることのないまま、二番太鼓・着到(ちゃくとう)が鳴り、定刻の六時半開演。その後も、続々と来場されるお客様に目一杯並べた椅子もついには一杯。本年に入って四ケ月連続の大入り満席となった。
 その熱気が伝わる様に、噺家さんも、こごろう、蝶六、南光、染語楼、文喬、鶴光師匠の順に次々と到着。楽屋入りされ、開演時には、全出演者が楽屋入りとなった。 
「石段(いしだん)」の囃子を、英華吉崎、正子の三味線が奏でる中トップバッターとして、当席へは初出演、午後四時半に一番に会場入りして、一人で楽屋の準備。高座へ上がって声の調子を確かめたり、太鼓を打ったりして、少しの時間を惜しんでの練習に余念がなかった、桂こごろう師が、満を持しての登場。満員の会場から盛大な拍手が起こる。
 今回のトリ、桂南光一門で昨年の『ゴーフル公演』への出演が、『恋雅亭』への正確には初出演となるのだが、本公演へは初出演。そのこごろう師は平成三年入門で、キャリア八年の当席期待の有望株。

  *落語ミニ情報・其の一(平成三年入門組)
昭和四十九年、六十二年の同期生を紹介したが、今回は平成三年の入門者をちょっと紹介。
・桂 こごろう(本名 尾崎裕一。二代目桂南光師匠に入門。現代的なフェースで女性ファンも多い。
        このへんも師匠譲りであろう)
・桂    貴 春(本名 井坂貴弘。三代目桂春團治師匠に入門。礼儀の正しさは師匠譲り。)
・桂    つく枝(本名 三宅 清。五代目桂文枝師匠に入門。師匠譲りの明るさと天性の明るさで、
             各地の落語会で大活躍。文枝一門の有望株である) 
・桂    七 福(本名 黒川清澄。四代目桂福團治師匠に入門。徳島県出身で
             命名は藤本義一氏。180センチの長身は上方落語界でもひときわ目立つ)
・笑福亭喬 楽(本名 川満 大。六代目笑福亭松喬師匠に入門。大柄の体型に似合わない
             フェミニストである) 
・笑福亭生 喬(本名 小西正之。六代目笑福亭松喬師匠に入門。師匠とも体型も似ており、
             笑福亭のイメージ)
・笑福亭遊 喬(本名 長柄吉恭。六代目笑福亭松喬師匠に入門。大柄の多い一門にあって
             横幅はないが、縦幅はある。一門の二番弟子)
・林家  染 輔(本名 林 将記。四代目林家染丸師匠に入門。一門の伝統?細面のやさ男。
             女性ファンも多い。)

  開口一番、「えー、桂こごろうと申しまして、あの幕末の有名な方と同姓同名で・・・・。師匠もよう、こんな名前付けますわ。いわば、私が二代目というところですわ。横を見ていただきますと、私の名前が書いてありますが、寄席文字で書きますとこういう字になります。これで『こごろう』と読みます。決して『てでろう』ではありません(そう言われてみると、そう見える)。
 そして、師匠の話題へ。「うちの師匠は怒りっぽくてね。いつも怒ってはりまんねん。私もよう怒られましてね。・・・」とマクラは続き、本日は前座噺の定番『いらち車(東京では反対車)』。
 この噺は、テンポがあって笑いも多く、東西共多くの演じ手によって爆笑噺に仕上がっており、こごろう師も、同一門でこの噺を十八番にしている、叔父師匠(こんな言葉があるのか不明であるが、こごろう師の師匠の南光師匠は雀三郎師匠の兄弟子にあたるので、こごろう師にとっては、叔父さんにあたる)の雀三郎師匠からの直伝であろうか、声もかすれる程の、力演であった。
 マクラがすこし長かったと思ったのか、半ばで、二番手の桂蝶六師と交代となった。
 その蝶六師のマクラは、噺家が落語をしている裏話を紹介。「この前も九州の**市へ行きましてん。公民館へ行ったら、上からごっつい吊り看板がかかってまんねん。びっくりしましたわ、大阪では売れてないけど、すごいなぁーと思いましてね。大きい字で『桂 蝶六 来たる!』肩にキャッチコピーが着いてまんねん。『テレビ、ラジオでは滅多にお目にかかりません』。会場を笑いに包んで、二、三の世間話の後、本題へ入る。
本日は『道具屋』の一席。上方、東京を問わず落語の中でも、もっともポピュラーな噺であるが、随所に師匠を思い出させる処も多かったし、自身の演出の工夫も入って、笑いもツボ、ツボで多く、交代となった。
 蝶六師の師匠である春蝶師匠が亡くなられ、はや六年になる。おかしなもので、師弟というのはよく似るものである。蝶六師には師匠の十八番であった『替り目』『がまの油』の酒の噺や、『親子茶屋』『宇治の芝舟』などの若旦那物を聴かせてもらいたいものである。

 三つ目は、地元兵庫県は明石市出身の桂文喬師匠。文枝一門では、三枝・きん枝・文珍・文太・小軽・文福の各師匠に次ぐ七番弟子とキャリアがある師匠で、一門の知恵袋でもあります(ちなみに、一門の宴会部長は文福師匠)。独特の芸風と意外とシャイな一面を生かしての「文喬ワールド」は良い味があるのですが、ややお馴染み不足。
 出番前に師匠連と楽屋で、ちょっと談笑。
鶴光師 「(ネタ帳を見ながら)ここは、ええネタが並んどるなぁ。わてら、東京の寄席は
     十二分やもんな。もう慣れたけど、最初はせわしいてなぁ。
     最近は、反対に二十分を越えるとしんどいけどな(笑)」
染語楼師 「吉本でも、十五分ですもんね。大体、関西の落語会は、二十分ですから、わたいも、
     東京の寄席へ行くと、他の人がちょっとずつ譲ってくれはって、十五分貰いますけど、
     めんくらいますわ。
 (染語楼師は、余談だが、今年のお盆の浅草演芸ホールの『住吉踊り』への出演が決まっている)」
鶴光師 「東京では、着物の色も言われたで、最初の日に、緑の紋付きを着ていったら、無言で
     見とったかと思たら『なんでぇー、その色は・・・』言われてな。その次の日に、赤着ていったら
     『へぇー』言われてん。三日目に、ピンク着ていったってん。そしてら『・・・』。それからは、
     無反応やったわ。もう十年も前の話やけど」
南光師 「そやけど、ここ今日も雨やのに、よう入ってるなぁ。雷も鳴ってるのに、わい、雷嫌いやねん。
             怖いねん。・・・常連さんも多いんやろなぁ」
春駒師 「ここだけ、ちゃうかな、放送以外で、みんな(上方全一門)寄って、演(や)ってんのん。
             顔(メンバー)が揃うから、毎回入るんやでみんな出たいやろしな」
南光師 「へへへぇー、また、出してな」(全員爆笑)
  ここで文喬師匠の出番となる。
小 生  「体型が元に戻って、痩せはりましたなぁ」
文喬師 「前回の時は、結局、病名は糖尿病やってん。もう、治ったからな。10キロ痩せたで」
英華嬢 「ハレが引いただけやで!」(チャン、チャン)
文喬師 「(鶴光師匠に)今日は三十分よろしいか?」
鶴光師 「ええでぇ。たっぷり、演(や)りや」

 文喬師匠は、登場、いなや第一声「えー、顔が赤いのは、お酒飲んでるわけやおまへんけで、実は昨日まで海外へ行ってまして、帰ってきて、すぐこの会ですわ。あわてて顔を擦ったら、こないなってもて・・・」と断わって、上方落語の大物『胴乱の幸助』を演じる。「昔は、大阪から京都までは、汽車も出ており・・・」とサゲの仕込みを最初に振って、タップリ三十分の高座となった。

  さて、中トリは、上方と東京、両方の落語界で活躍中の笑福亭鶴光師匠。東京では落語芸術協会の重鎮として、三軒の寄席(新宿末広亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場)で活躍中で、今回も忙しい合間を縫っての出演。
 その鶴光師匠、登場すると単身赴任報告をちょっとすると、本題へ。
「ばーさんや、ばーさんや。この頃はラーメン食べてくれる人が・・」で始まる。『ラーメン屋』である。もちろん、当席では初めて演じられる噺。子供のいない老夫婦の営む屋台ラーメン屋に、一文無しの男が無銭飲食を・・・。それを大きく包み込む老夫婦の、人情噺である。場内はシーンとして聞き入っている。時々、クスッと笑いが起こるが、爆笑はない。そして、ホロッとお涙頂戴のサゲとなった。

帰り支度の鶴光師匠に、ちょっと伺ってみた。
小 生 「師匠『ラーメン屋』ですか? 久しぶりに聴きました」
鶴光師 「そうか、今輔師匠のん、聴いたんやろ」
小 生 「師匠は、だれからですか?」
鶴光師 「寿輔さんからや、今輔師匠のお弟子さんの、古今亭寿輔さん。この噺なぁ、今輔師匠の自作
      やと思われてるけど、ちゃうで。金語楼師匠やで、作ったのは」
小 生 「最後は、ホロッときますね」
鶴光師 「そやろ、けど、僕ね、照れもあって、最後なんか特にな、今輔師匠ほど粘っこく演(や)れん
            けどなぁ」

 中入り後は、林家染語楼師匠から。『鞍馬』の名調子に乗って高座へ登場「えー、そめごろうでございまして、決して市川ではございません。といつもの常句からスタート。
 当日は大雨、それに雷まで鳴る天気に「えー、今、表は大雨でございまして、雨で道が洪水のようになっており、外へ出れまへん。ここが避難所でございますので、あきらめてお付き合い願います。けど、南光師匠が終わりますと元通りになりますので、どうぞ、ご安心下さい」と、会場の笑いを誘って、「私のほうは、ごく、お短く、お肩のこらん一席を・・・」と『黄金の大黒』の一席を。
 林家染語楼師匠と長屋は、ピッタリ(失礼)。師匠の十八番とあって、ツボ、ツボで笑いが起こる。
中入り後の膝をキッチリ固めて、本日のトリの南光師匠と半ばで交代となった。

 トリの桂南光師匠が、ゆっくりと高座へ上がると、満員の客席からは万雷の拍手が起こる。「えー、私、もう一席のところでございまして、外は雨でございます。雨が止むまでのご辛抱で・・・」と始まる。マクラも、そこそこに今日の演題は、『花筏』。相撲の噺なので、恰幅も必要であるが、南光師匠は充分(失礼)。親方、千鳥が浜もピッタリ。(ニセ花筏は、腫れているので不適切)
発端から、グイグイと噺が進み、提灯屋の徳さんが、夜這いに行ったことがバレた時のうれし、はずかしの表情。土俵へ上がらなければならなくなった時の困った表情。などなど『南光の世界』が展開
される。そして、サゲとなった。
 (この噺のサゲは良く出来ているので、変えるのは難しい。南光師匠も同じサゲであった)。 
                                    平成十一年四月十日・叶大入